第5話 音のない勝ち方
ミアとの仕事を三度重ねた頃、受付から昇格の話が来た。
地図にない宝物庫の発見と討伐が評価されたらしい。あと一件、指定討伐を終えればD級になれるという。
依頼に描かれた魔物を見て、セナが眉を寄せた。
「鐘喰い。音を消す魔物よ」
「俺にぴったりだな」
「嫌な意味で?」
「倒せたら、耳が通じない相手にも逃げ道を作れる」
強がりは半分あった。
だが、音が消えるたびに何もできなくなるままでは、二人と深い階層へ行けない。
その日は裏庭で練習した。
耳栓をして、セナが振る布を見る。右、左、止まれ。ミアが結界を出す位置へ俺が走り込む。
一度、勢いが余って透明な壁へ顔からぶつかった。
「……出す前に合図してくれ」
「出てるのに、あなたが突っ込んだのよ」
セナがしゃがみ込んで笑っている。そんなに笑うことか。かなり変な音がしたので、仕方ないかもしれない。
翌朝、俺たちは第十層へ下りた。
鐘喰いがいる回廊の外で、俺は細い縄を腰に結んだ。端は退路の柱に固定した。
「目を閉じるな。戻るときは縄。戦う合図はセナ」
自分に言い聞かせるように確認し、二人を見る。
「危なかったら一緒に戻る」
「ええ」
「そのための結界も残してあるよ」
俺は先へ進んだ。
靴底の音が、一歩目では返った。
二歩目で消えた。
鐘喰いは、口を上に向けた黒い鐘のような姿をしていた。
殻の下から四本の短い脚が出ている。内側のひだが震えると、剣の鍔を指で叩いた音さえ消えた。
怖い。
遠くまで見えていた窓を、いきなり全部閉められた気がした。
鐘喰いが体を沈める。
セナの手が下がった。
俺は横へ跳んだ。目の前を通った空気の塊が壁をえぐる。遅れて石が降ったが、音はしない。
ミアの結界が斜めに立った。次の衝撃を受け流し、床へ滑らせる。俺はその陰から走り、殻の縁へ剣を打ちつけた。
硬い。
だが、柄を通して震えが返った。
耳には何も届かない。手には、触れた瞬間の振動が残る。
俺は退いた。
セナが短い氷柱を殻の側面へ当てる。大半は割れたが、口の縁に一本だけ残った。鐘喰いが身をよじり、その氷へ頭をこすりつける。
そこなら刺さる。
俺は口の縁を指した。
セナがうなずく。杖の先で小さく輪を描いた。
ミアは壁の形を変え、鐘喰いの左側へ逃げ道のような空間を作る。
鐘喰いが前へ突っ込んできた。
俺は結界の端を回り、背後へ出た。殻へ刃を押し当てる。
細かな震えが柄を上がってきた。急に強くなり、一度止まる。
沈む直前だ。
俺は剣先を殻から離し、膝をついた。
頭上を衝撃が通り抜けた。セナの氷が口の縁を白く染める。開きかけたひだが、外側へ引っ張られたまま凍った。
次を吸い込めない。
俺は踏み込んだ。
氷の根元に露出した薄い膜へ、刃を入れる。今度は通った。
鐘喰いが暴れ、俺の肩を殻が打った。
背後へ倒れるところを、ミアの結界が受けた。壁ではなく、斜めの坂だった。俺はその上を滑り、足から着地した。
セナが両手で杖を押し出す。
刺さっていた氷が内側へ伸びた。
何かの割れる音がした。
音が戻った。
鐘喰いの脚が石を引っかく音、俺の荒い息、セナが俺を呼ぶ声。
「カイル!」
殻が傾き、動かなくなった。
俺は二人へ手を上げた。声でも答えられるのに、まず合図が出た。
ミアが縄を外しながら笑う。
「顔は無事ね。練習より上手だった」
「練習の怪我を数えるな」
セナは俺の肩を確かめ、折れていないと分かると、手を出した。
俺はその手を握って立った。
「ちゃんと見てたわね」
「ああ。よく見えた」
* * *
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「面白かった」「続きも読みたい」と思っていただけましたら、★で応援していただけると、とても励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます