第4話 治療役が加われば

「その指、曲げると痛くない?」


 ギルドの掲示板を見ていたら、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、栗色の髪を後ろで束ねた女性が俺の右手を見ていた。白い上着の袖は肘までまくられ、腰の鞄には包帯の端がのぞいている。


「少しだけ」

「だいたい痛い人はそう言うのよね。椅子、空いてるよ」


 彼女は救護室の入口を指した。

 俺がためらっていると、隣のセナが先に椅子を引く。


「座って。昨日、斧を持ち上げてから手を振ってたでしょ」

「見てたのか」

「目は普通に二つあるもの」


 女性は俺の手首を支えた。指の付け根を緑色の光が包み、熱っぽさがゆっくり引いた。


「骨じゃなくて、筋を痛めてる。今日、重い物を振り回すのは休みなさい」

「依頼は――」

「軽い荷物なら大丈夫。彼女の機嫌まで重くなる前に言うこと聞いといたら?」


 セナがうなずいている。なぜもう味方ができているんだ。


「ミア。治癒と結界が専門。あなたが、音で石像を倒した剣士?」

「石像を倒したのは柱です」

「謙遜が変な方向ね」


 ミアは笑った。年齢を聞く流れになって、俺より四つ上の二十四だと分かった。セナは俺と同い年だった。


「次の深さへ行くなら、治療役を一人入れない? 浅いところの採取でいいから、試しに」


 俺は彼女の腰の牌を見た。C級。俺よりずっと上だ。


「割に合わないんじゃ」

「無茶をしてから運ばれてくる人を待つより、最初から一緒に行く方が性に合うの。音を聞ける前衛がいるなら、余計な消耗も減らせそうだし」


 自分の得になる点を、ちゃんと言う人だった。


 セナが採取依頼を剥がす。六層の光苔。魔物が少ない時間を選べる仕事だ。


「明後日、これでどうですか」

「いいね。今日は彼の手を休ませてあげて」


 ミアが俺へ向き直る。


「荷物が軽いぶん、昼ご飯はちゃんと食べること」


 俺は手首を曲げた。痛みはほとんどなかった。

 今度は、実際に言うことを聞く気になった。


     *


 ミアは、歩くのが速かった。

 話をしながら俺たちに合わせているとばかり思ったら、曲がり角で俺が止まったときには、すぐ隣まで来ていた。


「前に出るなよ」

「じゃあ、止まる合図を教えて」


 俺は手を握って見せた。

 ミアもうなずき、同じ形を作る。

 セナが「横へ分かれるときは?」と指を二本立てた。三人で使う合図が、道を歩くうちに少しずつ決まった。


 光苔の群生地には、針鼠に似た魔物がいた。

 俺が剣を抜くと、ミアが首を振る。


「背中の針、薬の原料なの。そこを壊さずに倒せる?」

「高いのか」

「治癒術師に売ればね」


 セナが楽しそうに杖を回した。

 足元を凍らせる。俺は顔側へ回り、柔らかい喉へ一撃を入れた。跳ねた針はミアの薄い結界に当たり、足元へ落ちた。


 魔物が動かなくなると、ミアが前へ出た。

 針を一本ずつ抜き、硬い筒へ収める。俺は周囲を見張り、セナは岩の上から光苔を採った。


「こんなに先まで折れていないの、久しぶり。試したかった薬があるのよ」


 ミアは筒を光へ透かした。さっきまで俺の手を診ていたときより、目が忙しい。

 最後の一本を抜くために身を乗り出し、膝を土へつけそうになる。


「上着、汚れるぞ」

「洗えばいいもの。この一本は洗っても戻らないでしょ」


 俺が代わりに魔物の体を少し傾けると、ミアは満足そうに針を抜いた。


「ありがとう。今の気遣い、針にも伝わったと思う」

「礼はお前からで十分だ。三人だと、一度にいろいろできるな」

「二人でも、あなたが針を抜けばできたでしょう」

「見張りも?」

「それは困るわね」


 セナがミアへ目を向ける。

 ミアは自分の分の針を収めて、すぐ俺の傷へ視線を戻した。


「手は?」

「大丈夫」

「今日は本当ね」


 昼は安全な踊り場で食べた。

 ミアが持ってきた丸いパンには、肉と刻んだ野菜がぎっしり詰まっていた。俺が半分食べた時点で、セナはもう包みを開き直して中を調べている。


「何の香草ですか」

「帰ったら教える。今度はあなたが作ってみる?」

「ええ」


 俺が口を挟む前に、次の昼飯の話が決まった。


 帰り道、俺はさっきまでと同じ握り拳を上げた。

 二人がすぐ止まる。

 床下に隠れていた魔物を避けて進むと、後ろからミアが言った。


「いいわね、この合図。明日も使えそう」


* * *


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