第2話 肉を追加する日、開かなかった扉

 買い取り窓口で出された銀貨を、俺は二度見た。


「これ、二人分ですよね」

「はい。甲殻爪二本と魔石の代金です」


 受付の女性は銀貨を二つの山に分けた。

 今朝、募集札を返してきたのと同じ人だった。彼女は包まれた爪と俺の牌を見比べ、今度はスキル欄ではなく討伐の欄に筆を置いた。


「お二人で、倒したんですね」

「はい。二人で」


 討伐記録へ俺とセナの名前が並んだ。

 俺の取り分だけで、一週間の採取より多い。剣を研ぎ直して、宿代を払って、それでも残る。


 セナが横から俺の顔を覗いた。


「肉、付けられそう?」

「肉だけでもいける」

「野菜も食べなさい」


 まだ知り合って半日なのに、食生活を心配されている。


 昼をとうに過ぎていた。俺たちは通りの食堂へ入った。看板には、湯気の上がる皿が描かれている。

 いつも頼む豆の煮込みを頼みかけ、今日はメニューを最後まで見た。


「鶏の香草焼き。大きい方を」

「私もそれ。それから焼きりんご」


 注文を取ったおかみが、俺の頬の傷を見る。


「今日はいい仕事をした顔だね」

「傷がない方が、いい仕事だったと思うんですけど」

「飯を待って笑ってるんだから、大した傷じゃないさ」


 セナが向かいで笑った。

 晶の鎖が襟元からのぞいたので、俺はさっきの光のことを尋ねた。


「これ? 古道具屋で買った伝声晶よ。近くの対になる道具と話せるらしいけど、片方しかなくて」

「何で買ったんだ」

「安かったから」


 妙に理解できる答えだった。


「それに、直せたら役立つでしょ」


 セナは晶を服の外へ出した。青い石の周りに、小さな花びらのような窪みが八つある。一つだけ、白く曇っていた。


「声がしたとき、熱くなったの。今までそんなことなかったのに」


 触らせてもらった晶は冷たかった。耳を澄ませても、何もない。

 料理が運ばれてきて、俺たちはいったんその話をやめた。


 皮に刃を入れると、肉汁が皿へ流れた。香草と塩の匂いが立ち、腹が盛大に鳴る。

 セナがフォークを止めた。


「それは私にも聞こえた」

「《聞き耳》なしで?」

「この店の端まで聞こえたと思う」


 熱い肉を頬張った。うまい。すぐに飲み込みたくなくて、ゆっくり噛んだ。


「大きな仕事の後は、ここに来よう」


 言うと、セナは少し考えてうなずいた。


「一品ずつ、好きなものを追加するのは?」

「高くなるぞ」

「そのくらい稼げばいいのよ」


 焼きりんごが届いた。彼女が空の小皿を俺へ渡す。

 俺は明日の集合場所を決めながら、りんごを半分もらった。


     *


 翌朝、セナは約束より早く来ていた。

 俺も早かった。向こうも早いので、どちらが張り切っていたかは分からないことにしておいた。


「剣、直した?」

「ほら」

「よし。今日は第五層」


 地図を広げる手つきが軽快だ。

 標的は石尾蜥蜴。尾の付け根で音が高まったら横へ避ける。昨日の蜂と似た準備音があり、一匹目は俺が倒し、二匹目はセナの氷が仕留めた。


 剣だけで追い回していた頃とは、ずいぶん違う。

 ただし、三匹目らしい爪音を察知したときは違った。


「そこ、地図だと壁よ」


 石の向こうを爪が走っていた。俺は柄尻で壁を叩く。下半分だけ、返る音が軽い。


「空洞がある」

「隠し部屋?」


 セナの声が明るくなった。

 指先で石の継ぎ目をなぞり、しゃがみ込む。服の裾が床へ触れるより先に、俺は折った外套を差し出した。


「敷くか」

「……助かる」


 彼女はその上へ膝をつき、小さな氷の針で目地の泥を落とした。

 壁の端に、輪の形の溝が出てきた。


 押しても動かない。引くための取っ手もない。

 俺がもう一度耳を寄せると、奥で水が落ちていた。爪音は、ずっと高い位置から聞こえる。


「床の高さが違う。向こうの水、こっちより上だ」

「じゃあ、押したら水圧で戻されるわね」


 セナは壁の脇の排水穴を見た。

 長く使われず、砂で詰まっている。俺が剣の鞘で砂を崩し、彼女が氷の棒で奥を突いた。

 水が噴き出した。


「うわっ」

「避けて、避けて!」


 俺たちはそろって飛び退いた。靴は避けきれなかった。

 しばらくして水音が弱まり、壁の輪がわずかに回った。


 今度は押せた。

 石壁の向こうに、金属の箱が三つ並んでいた。


「カイル」

「見えてる」

「私、今日は焼きりんごを一つ食べたい」

「先に中身を確かめような」


 奥の暗がりで、重い金属が持ち上がる音がした。


* * *


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

「面白かった」「続きも読みたい」と思っていただけましたら、★で応援していただけると、とても励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る