3
「んー!」
電車から降りた瑠璃が両腕を上に向けて背筋を伸ばす。
「すまん……ずっと寝ちまって」
瑠璃に起こされた時には、京都駅の到着する3分前だった。
「お気になさんな。ボクはボクで読書してたからさ」
手に握られているのは、学校近くの本屋のブックカバーがつけられた文庫本。
「珍しいな。瑠璃が本を読んでるの」
「人に借りた物なんだよ。すっかり忘れててさ。早めに読んで返そうと思って」
それは本当だろう。
でも、もしかしたらずっと寝ていた僕の罪悪感を少しでも減らそうとして言ってくれたのかもしれない。
「それは置いといて、じゃあショッピングモールに行こー!」
瑠璃はテンションが高めでどこか浮ついている。
ずっと笑っているのがそれを裏付けている。
京都駅の南口を出て、7分ほど歩く。
なかなかの人通りの数だ。流石は政令指定都市と言ったところか。
到着したのはアイオンモールKYOTO。
全国にあるショッピングモールの支店だ。
休日の行き場所としては定番だろう。
だが、僕はあまり来たことのない場所だった。
そもそも休日に家から出ることが少ないので仕方がない。
それは瑠璃も同じようで、店内に入るや否や店内マップを手に取っていた。
「どこから行くんだ?」
「ある程度決めてきたんだけど……店の配置見ると上から順番に回ったほうが良さそうだね。とりあえずエスカレーターに乗るよ」
入った入口の目の前に合ったエスカレーターに乗って4階に上がる。
最上階は5階なのだが、そこは映画館なので行かないようだ。
4階に着くと目に飛び込んできたのは飲食店だ。
いわゆるレストラン街というやつ。
「いきなり飯か……」
「ち、違うよ! ここゲームセンターがあるから遊ぼうと思ったんだよ。買い物した後だと荷物が邪魔で奏多は遊べないだろ?」
どうやら荷物は全部僕が持つことになるらしい。
だがまぁ、今回のデートは全て瑠璃に任せてある。
だから、瑠璃が決めたことに異論も反論もありはしない。
「ゲーセンは初めてだ」
「だろうね」
瑠璃は分かっていたように言うが、僕からしてみれば瑠璃もゲーセンに行っているイメージはない。
「そういや舞鶴にはそれらしいものが無いよな」
ゲーセンなんてあっても利益にならないんだろうな。
若者少ないし。
「いやいや、らぷーるの中にもあるだろう?」
「行ったことないな……」
あそこスーパーなのにそんなハイカラな施設があったとは。
知らなかった。マジで。
「はぁ……らーぷるには行ったことあるだろうに」
「百均と本屋にしか用が無いんだよ」
「その百均の隣がゲーセンなんだけどなぁ……」
呆れ顔の瑠璃は大きくため息を吐いた。
そして、軽く頬を叩いてこう言った。
「じゃあゲーセンの醍醐味を教えてあげよう!」
「は、はぁ……」
正直なところ、プリクラを撮ろうと誘われたら全力で断るつもりだった。
例え10万円貰っても嫌だ。100万円なら揺れなくもない。
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
瑠璃が僕を連れて来たのは音ゲーのコーナーだった。
「これはどんなゲームなんだ?」
音ゲーと言われてもピンとこない。ゲーセン初心者だから。
「えっと、この機械の鍵盤みたい所に流れてくるノーツっていう図形をタップしてスコアを競うんだ。指先でタップするからピアノを弾く感覚と似てるんじゃないかな」
「……なるほど」
確かにできなくはないかもしれない。何事も経験だ。
そう思い、百円玉を入れた。しかし、カランっと排出された。故障か?
それから2回ほど同じ動作を繰り返したが、結果は同じ。
「なんでだよ! 壊れてんのっ⁉」
イラっとして思わず声が大きくなった。
「あっはは、カード持ってないのかい?」
胸の前に指先でカードの形を作りながら瑠璃が言う。
「自分、デュエリストじゃないんですけど………」
「いやトレカじゃなくて。エイミなんだけど……。君の場合、冗談じゃないのが怖いところだね、まったく……」
また瑠璃が溜息を吐いた。
僕の場合はトレカも遊んだことはないけれど。
「絵本か?」
エイミと聞いて思い浮かんだのは、レオ・レオニの絵本。
「それはスイミーだね。このゲームをプレイするのに必要なカードのことをエイミって言うんだよ」
「最近のゲーセンは会員じゃないと遊べないとは……」
一見さんお断りとはな。誰かに紹介してもらう必要があるのか。
まるで高級料亭だ。
「いや、最近とかじゃないから。 そもそも奏多は昔のゲーセンも知らないだろう?」
「うっ……」
そうです私はゲーセン初心者です。
「とりあえずボクの貸してあげるよ」
機械にカードを触れさせた。すると画面に『ラピス』というアカウントが表示される。
「瑠璃ってことか」
「言っとくけどそれ、ボクが考えたんじゃないからね」
僅かに恥ずかしさを宿して言うところを鑑みるに、自分のアカウント名に不満があるのだろう。
「自分のアカウント名を自分以外の誰が考えるってんだよ」
「……誰だっていいじゃないか」
目を伏せて静かに呟いた瑠璃。
人間誰にだって触れられたくない部分は存在する。
それは痛ましい過去、恥ずかしい記憶、忘れたい瞬間と様々だろう。
それは僕だって同じだ。
瑠璃はそれを分かってくれて、分かった上で聞かないようにしてくれた。
なら僕も同じ行動をしなければならないだろう。
親しき中にも礼儀ありというやつだ。
「ま、僕の奏多って名前も自分で決めた名前じゃないしな。名前に不満があったって不思議じゃないさ」
「……」
瑠璃は黙り込んでしまった。流石に分かりやすすぎただろうか。
「で、次はどうすればいいんだ?」
とりあえずゲームを指さしながら聞いてみた。たぶんお金を入れれば画面が進むんだろうが、あえて分からないふりをしてみる。
「……まったくもう。カードをそこに置いたままお金を入れるんだよ」
「そうか」
さっきまで何回も生還を果たしていた百円玉が、今度は戻ってくることなくチャリンッと音を鳴らしながら落ちて言った。賑やかな音楽と共に画面が切り替わる。
「レベル20……結構やってたんだな」
1レベル上げるのにどれくらいかかるのか分からないが、とりあえず言ってみた。
「うん、中学の頃から友達に付き合わされてたんだ」
瑠璃の発言的に、1レベル上げるのにそれなりにかかるんだろうな。
中学の頃の瑠璃はどんな女子生徒だっただろうか。
あまり関わっていなかったからな……。
友人関係は僕には知り得ないことだ。
ただ一人を除いては。
僕も、瑠璃も、裏切ってしまったのその人だけは。
「奏多?」
上の空だった僕の顔を瑠璃が覗き込む。
「あ、いや。大丈夫だ」
チュートリアルは見ずに、曲選択画面に進む。
パッと見た感じだと、ネットで流行りの曲やアニソンが多い印象だ。
別に聞かないわけではないのだが、詳しいわけでもない。
僕が選んだ曲はバンドのミリオンヒット曲。
これならピアノを弾けるくらいには覚えている。
「あ、早さは10くらいがおすすめだよ」
単位はなんだろうか。
「難易度はどれがいいんだ?」
「初心者ならハードだけど……奏多ならエキスパートくらい余裕なんじゃないかな」
なるほど。じゃあもうちょっと難しいやつをやってみるか。
音楽なら少しは腕に覚えがある。
「じゃあマスターで行ってみるか」
難易度選択画面には5つの難易度があった。
左から『イージー』、『ノーマル』、『ハード』、『エキスパート』、『マスター』と並んでいる。
『マスター』は真っ赤な文字で書かれていて、いかにも難しそうだ。
「いや、結構難しいんだよ?」
瑠璃は「止めといた方が良いよ」と優しく諭してくる。
そう言われると止めるわけにはいかない。これは意地と見栄だ。
「大丈夫だ。この曲の進み方はよく知っている」
楽譜が無くてもメロディーラインは分かる。目を閉じて主旋律を弾くくらい造作もない。
「たぶんそういうものじゃないと思うんだけどな……」
あはは、と瑠璃は苦笑いを浮かべた。
難易度マスターで選択。
ロード画面を越えて、ゲーム画面へと変わる。そしてイントロが流れ始め。
流れてくるノーツとやらをタップしていくが———
「奏多………実はゲームとか苦手?」
画面にはスコアがCCCと表示されていた。
ゲームについて知識が無い僕にも、それが物凄く低いスコアだということは分かった。
「うっ……おかしい………原曲とリズムが違う………」
なんだこれまるで別の曲じゃないか。
テンポが違うとか、アレンジされているとか、そういう類のもんじゃない。
「奏多はもしかしてメロディーに合わせてるんじゃないかい? このゲームは歌詞に合わせてるんだ」
「………歌詞に合わせて演奏する………? 有り得ない………」
音楽を分かってない奴が作ったのか、このゲーム。
そういう話ならギターを弾く瑠璃にだって難しいはず。
「ま、まぁ初心者だからそんなに落ち込まなくても」
小さな子をなだめる様に瑠璃は言う。
優しい声色が余計に虚しさを加速させる。
「瑠璃がやってみろよ」
それが悔しくて嫌味のように言ってみた。
「仕方がないなぁ」
瑠璃の鞄を預かると、袖を捲った。
その姿はなかなか様になっている。イントロが流れ始め想像以上の速さでノーツとやらが流れてきた。
それを丁寧にタッチしていく。
サビに近づくにつれ難易度は上がり、サビなんかは全身を激しく動かしてプレイしている。
ピアノでは絶対に有り得ない腕を高く上げる動きなんかもあった。
なるほど………これはいい激しく動く瑠璃の揺れる胸を、僕は凝視していた。
想像以上にスタイルが良い人間だったことを初めて知る。
いや、初めてってわけでもないか。
普通にしていれば着瘦せするタイプなんだろう。
「ふぅ……」
プレイし終えた画面にはスコアSSSと表示されている。
瑠璃の表情は満足そうだ。
「どうだい、奏多」
プレイについて聞かれているのだろうが、あいにく僕はプレイなど見ていなかった。揺れる胸ばかりを見ていたから。
「あぁ、眼福だった」
嘘は言っていない。
「え? もしかして奏多、なんか邪なことを考えてたんじゃないだろうね?」
唇を尖らせて瑠璃。
「い、いやいや。そんなことはない」
慌てて否定する僕。傍から見れば普通のカップルがイチャついているように見えるだろうか。
「はぁ、まぁいいうや。そろそろお腹空いたね。ちょっと早いけどお昼にでもしよう」
「朝一で出ても京都に来るとすぐに昼だからな」
片道2時間の小旅行だから是非もない。
瑠璃は再びマップを開き、レストランを選ぶ。
「何か食べたいものはあるかい?」
僕に食べたいものはない。だから瑠璃を任せることにする。
「瑠璃が食べたい物で構わない」
「んー、そうだなぁ」
口元に手を当てて考える瑠璃。
レストランマップの上で目を泳がせている。
「ラーメンは……舞鶴でも食べられるか。オムライスは……家でも食べられるしなぁ……」
どうやら京都まで来たからには、ここじゃないと食べられないものを食べたいようだ。
いくつか候補を口にしてみては、すぐに否定するのを繰り返している。
「極論を言ってしまえば、料理なんて大抵のものは家で作れるからな。あんまり気にせず食べたいものを選べよ?」
ネット調べればマカロンだって作れる時代だ。
もちろん設備投資は必要だが。
だから、今の気分に合ったものを食べればいい。
「じゃあこれにしようかな」
瑠璃が指を刺したのは、ちょっとマイナーなファーストフード店。
確かに舞鶴にはないチェーン店だ。
「ハンバーガーか。いいぞ」
場所は一階の角。ここからだとエスカレーターで下ってから、それなりに歩く必要がありそうだ。
「何食べようかなぁ」
エスカレーターで下りながら瑠璃は、館内マップでメニューを眺めている。
「転ぶなよ」
もうすぐエスカレーターの終わりが来る。
「奏多につかまってるからだいじょーぶ」
マップから目を離すことなく、瑠璃は僕に左腕にしがみついた。
「僕を道連れにするつもりか?」
「そこは頑張って耐えてくれたまえよ」
「もやしに求めることじゃないな」
とは言いつつも、体に力が入ったのが分かった。
瑠璃もろともエスカレーターで躓くのはカッコ悪いから。
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