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土曜日の朝が来た。
僕は何故か一睡も出来ていない。
おかげで鏡を見ると不健康な顔が映る。
冷たい水で頬を叩く。
睡魔はちとマシになったが、目の下のクマは消えない。
「奏多、あんたどしたのその目」
鏡の前で頬を叩いてる僕の目を見た起きたばかりの姉さんが言った。
「分からん……」
いや、本当に分からないわけではないが。
認めたくないだけだ。
「性根の次は目が腐ったみたいね」
なぜ性根は既に腐っている前提なんだよ。
「どっちも腐ってねぇよ」
「ふーん。今日どっか出掛けるの?」
姉さんが振った話題のくせに、その返答には興味がないようだ。
我が姉ながら、本当に適当な人間だなと思う。
「うん、ちょっと」
答えるのが面倒くさくて、適当に返事する。
「デートかなぁ?」
ニヤニヤするクソ姉貴。めちゃくちゃ腹が立つ。
「さぁね。だったらどうする?」
当たっているのだが、あえてはぐらかしておく。
「えっ⁈ マジ⁉ そなの⁈」
突然目が冴えたように声が大きくなった。本当にうざい姉だと思う。
「さぁね。じゃ、僕はもう行くから」
約束の時間があるので、姉さんはとりあえず放っておこう。
「ちょっと待って奏多! 相手は? どんな人?」
「なんでデートの前提なんだよ」
マシンガンのように質問を投げかけてくる姉さんを無視して洗面所を離れた。
上着を羽織って、ショルダーバッグを持って玄関へ出た。
履きなれたスニーカーの紐を占める。
「姉さん、京都の方へ行ってくるけど何かいるものある?」
しばらく返事がなかったが、歯を磨く音と共に返事が聞こえた。
「思い出でいいよ~」
「……なんだそれ」
気遣いなのか冷やかしなのかは不明だが、とにかくいるものは無いということだろう。それならばそれでもいい。
「行ってきます」
休日に珍しく僕は扉を開けた。
「デートとはねぇ……ま、私はなーんにも言わないけどさ」
聞こえていたし、姉さんが何を思っているのかも分かっている。
それでも今の僕には、それを無視して出掛ける選択肢しか持ち合わせてはいなかった。
集合は午前9時に東舞鶴駅。現在時刻は8時50分。
10分前行動は人としてのマナーである。
と思っていたのだが、いざ10分前に駅に着いてみると、そこにはすでに瑠璃の姿があった。
遠目からでも分かる綺麗な青髪の上には、ふんわりとした黒い帽子がのっている。
この間、姉さんのファッション誌で見たキャスケットというやつか。
下は先日と同じく短パンに黒タイツ、上は白いシャツに薄い緑のカーディガンを羽織っている。
どちらかと言えばボーイッシュな感じだろうか?
ファッション知識に乏しい僕にはよく分からないが、可愛らしい服装だと思う。
薄茶色のポシェットもよく似合っている。
が、チャックのところに青い一升瓶のようなストラップがつけられていて、どうも不似合いな気がした。
恐らくこだわりポイントだろうから、触れないでおこう。
「おはよ、瑠璃。待たせたか?」
「おはよう、奏多。待ってないから気にしなくていいよ。楽しみ過ぎて30分も前に着いただけだからさ」
これからは30分前行動を心がけよう。
彼女を待たせるのはかっこ悪いし。
「すまん、待たせてしまった。以後気を付ける」
「え? あぁ、別にいいのに。約束の時間には間に合ってるし、ボクが勝手に早く来すぎただけだよ?」
確かにそうだが、それでは僕が気に入らない。
「それでもだ。待たせた事実に変わりはない」
「そ、そうかい? じゃあ、うん。……待たせ過ぎ」
瑠璃が優しくデコピンをした。
まったく痛くなかったが、その姿でダメージを負った。
変人だが、案外モテる理由が分かった。
行動一つ一つが可愛らしいのだろう。
「す、すまん……」
何とも形容しがたい空気ではあるが、これが世間で言うところの記念すべき初デートである。
「じゃ、じゃあ行こうか」
瑠璃が先導してくれるようだ。
「てかさ、どこに行くんだ?」
目的地を聞いていなかったことを思い出したので、聞いてみた。
「この辺りは何もないから京都の方へ行こうかと思ってるんだけど。構わないかい?」
「京都か。確かにあそこら辺なら大型ショッピングモールもあるな。暇を持て余すことはないだろう」
「何故デートで暇になる予定なのさ……。そろそろ夏物の服を買いたいんだ。暇になんかさせないからね」
「お手柔らかに……」
おー、なんか物凄くデートしてる感すごい‼
休日の朝とはいえども、特急電車ともなれば人の数はそこそこ多い。
舞鶴という街は田舎故に休日の移動率が高いのだ。
そしてだいたいアイオンに集まる。
夏の夜の虫の如く。
早速、東舞鶴駅から特急列車に乗車する。つい先日も乗ったばかりなので、慣れたものだ。
「そういえば奏多、顔色悪いけど大丈夫?」
二人座席に並んで座るや否や、瑠璃が口を開いた。
「まぁ、体調自体は問題ない。ただ、あんまり寝てないんだ」
「どして?」
「……」
理由は分かっているのだが、それを口に出すのは恥ずかしくて憚られた。
「あ、もしかして今日が楽しみすぎたとかかい?」
そこまでストレートには思っていなかったが、そんなところである。
下手に誤魔化すと瑠璃には逆効果だ。
「そうだよ。瑠璃とのデートが楽しみだったんだよ」
寝てないということは深夜テンションが続いているということ。だからこんな恥ずかしいセリフを平然と吐いてしまったのである。
「そ、そうなのかい………わ、悪い気はしないね……あはは」
幸い、瑠璃は気持ち悪がることもなく、頬を赤らめたので大事にはならなかった。
何だか妙に頬が赤い気もするが指摘はしないでおく。
「眠たいなら着くまで寝てるといいよ。着いたら起こしてあげるからさ」
「いや、流石にそれは……」
デート中に彼女の横で眠るのは少しダサい気がするのだ。逆ならば微笑ましい光景となりえるのだろうが。
「ボクとしては、向こうに着いてから寝られる方が困るんだよ」
そういう言い方をされると反論の余地が無い。
「……じゃあ、遠慮なく」
腕を組んで、背もたれに頭を預けた。
「その体勢じゃ首が痛くなるだろう? ボクの肩を使うといい」
「肩……?」
何故肩を使うかという質問になるのか分からなかったが、たぶん頭を乗せるかということなのだろう。
少し恥じらいはあったが、微笑みながらポンポンと肩を叩く瑠璃を見て決心がついた。
瑠璃がそうしてほしいのなら、遠慮なく借りることにする。
「じゃあ、お邪魔して」
ゆっくりと右側に傾き、瑠璃の肩に頭を乗せた。
ふむ……意外と収まりがいいな。
首だけを曲げるのではなく、上体を寄りかかるように傾けたのが功を奏したのかもしれない。
「どうだい?」
「意外と寝心地がいい」
枕には敵わないが、かなり休めそうに思う。
何だかいい匂いもするし。
シトラスみたいな匂いが僕の睡眠欲をかきたてる。
いつもはもっと甘い香りがするのだが、今日の匂いの方が好きかもしれない。
「じゃあ2時間くらいは眠っとくんだね。着いたら起こしてあげるから」
「恩に着る」
思ったよりもすぐに眠りにつけ、京都駅に着くまでの2時間弱ずっと眠り続けた。
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