第3章 瞳そらさないで

1

「ねぇ、奏多。今度の土曜日にさ、デート行こう!」

「デート……?」


ゴールデンウィーク開けの月曜日。

屋上で昼食を摂っている最中に瑠璃からそんな提案を受けた。

デート。

日取り、日付、年代、そういう意味じゃないのは分かる。

男女が約束してどこかに出かけることだ。


「別にいいけど。どこに行くんだ?」


 デートらしいものをしたことが無い僕には、候補の一つも浮かばない。

この間だって食事場所の選定をミスって、危うくこけるところだったのだから。


「どこでもいいよって言ったらどうする?」

「家でいる。読んでない本が溜まってるから」


 できることなら部屋に引きこもって、本を読んでいたい。

というのは冗談だ。


「あ、じゃあやめたほうがいいかい?」


 珍しく冗談を本音と捉えてしまったみたいだ。いつもみたいに捻くれた変人じゃないとペースが狂う。


「気にしないでいい。もう2 、3年放置してるだから」


具体的には大判の小説が溜まっていた。

外出先では読めないうえに、家でも読むにも疲れるからだ。

積み読というらしい。


「そうかい? じゃあ買い物に付き合ってよ」

 買い物か。正直に言えばそんなに好きじゃない。

「何買うんだ?」


 買う物が決まっていない買い物ほど嫌いなものは無い。無意味に時間を潰す気がして、無意義な時間に嫌気がさす。

でも、デートとなればそれは違うんだろう。

一緒にいること自体が目的なのだから。

だから断る必要はない。


「んー、まだ決めてないねぇ」

「さいですか」


 普段なら間違いなく断ったが、瑠璃を選んだのは僕だ。

僕が選んだ人なのだから、彼女の願いは叶えられるなら叶えてあげたい。


「じゃあ細かい時間はまた連絡するから、ちゃんと見とくんだよ」

「はいはい」


またねーと手を振りながら瑠璃は去った。

前までは憎たらしいとすら思っていた仕草だが、今は何だか可愛らしく見える。

絶対に口には出さないけど。


「なに、あれ」


不機嫌そうな梓の声。


「何とはなんだ」


 梓の存在をすっかり忘れていた。

それくらい彼女という立場になった瑠璃の存在感が強かったのだろうか。

いや、逆か。

梓が気配を完全に消していただけだ。


「会場から消えたと思ったら、連絡もない。挙句の果てに週明けには美人の彼女。あんたの人生楽しそうね」


電話ボックスの中で雨が弱まるのを待っていると、帰りの電車の時間に遅れてしまった。

寒さにやられたのか、携帯の充電もいつもより早く切れた。

荷物を預けていたホテルの厚意により、シャワーを借りられたので風邪を引くことは無かったが、予定よりも4時間近く遅れた帰宅になった。


「それは悪かったけどさ。別に梓にそこまで言われる筋合いはないんだけど……」

「あるわよ。人様の食事中にイチャつかないでくれる? 弁当がまずくなるんだけど」


 そう言われるとちょっとだけ申し訳なくなる。


「それはすまなかった。じゃあ明日からは別の場所で食べるとするよ」


ここ以上のべスポジ見つかるかなぁ……。

毎日の昼食の場所取りに一抹の不安を覚えてしまう。


そういえば、瑠璃ってどこで昼食を摂っているんだろうか。

可能なら明日からはそっちに退避させてもらいたい。

まぁ友人関係の広い奴だから、そこに混じって食べる勇気はないのだが。


「べ、別にどっか行きなさいとは言ってないでしょ」


 さっきよりも不機嫌そうな梓。


「でも、イチャつかれるのは嫌なんだろ? じゃあここ以外で食べるしかないじゃん」

「なんでイチャつくことが前提なのよ………」


確かに、そう言われてみればそうだった。

無意識に自分も恋愛脳になっていたとは……恐ろしい。


「でも無意識にイチャつく可能性がある以上、梓を不快にさせないためにここ以外で食べる方がいいな、うん。間違いない」


 馬鹿みたいな発想だけど、仕方がない。

イチャつくの定義が分からない以上、普通の会話だけでもイチャつきと思われる可能性は捨てきれないからだ。


「なんでそうなんのよ」


舌打ちが聞こえた。

初めて聞いた梓の舌打ちは、よく音が鳴っていた。


「それに梓と昼休みに一緒にいて瑠璃に誤解されても困る。今からでも場所を変えるべきか……?」


 瑠璃がどう思うか分からないが、誤解されるのは好ましくない。


「もう勝手にすれば? 私は知らない」


梓は今日イチ不機嫌気に言う。


「なんで怒ってるんだよ」

「知らないよ、ばか」


 梓は手早く弁当を片付け、帰ろうと屋上の扉までスタスタと歩いて行った。


「はい???」


 まだ弁当を食べ終わってないだろうに。


「心から分かってなさそうなのが余計に腹立つのよ!」


 ドアを勢いよく開けながら言う梓。


「………なんかすまん」


 梓の心は分からないが、とりあえず謝罪しておく。


「もう死ね!」


 バンッとドアが絞められた。なぜ怒っているのかは分からない。

おそらく、女性特有のホルモンバランスの乱れからくるイライラ期なのだろう。

下手に反論して刺激するよりも、静かに引き下がるのが得策だ。

それが真実かどうかなんて、今はどうだったいいのだから。

腑に落ちる嘘であれば、なんだって構わない。


その日の夜、ちゃんと瑠璃からメールが届いた。

時間や集合場所が書かれているのは分かるのだが、予算が1万円と決められているのには驚いた。

遠足のお菓子かよ。

あと、目的地は書いておけ。

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