5
ゴールデンウィーク初日の深夜2時。
僕は海沿いの道を歩き、コンビニを目指していた。
理由はいつも通りの姉さんとの賭けに負けたからだ。
街灯が照らす夜道を歩きながら考えた。
なぜ自分はこんなにもゲームという物が弱いのか。
大乱闘ゲームでは自ら場外へ自滅し、ブロックを積み上げれば隙間を埋められない。
赤帽髭男のレースゲームでは最下位の泥をすする。
兎に角、僕にはゲームの才能がない。
「はぁ……」
毎度お馴染みとなってしまった休日深夜のコンビニ訪問。
アルバイトの学生の顔も覚えてしまった。バイトの彼もそれは同様だろう。
休日の深夜に一人で来てアイスとカップ焼きそばを買う客がいれば覚えないわけがない。
目当てのコンビニに到着したが、店先にはヤンキー一人いない。
田舎だから。そもそも24時間営業をしていることが奇跡だ。
自動ドアが開くと冷気が肌を撫で、店員は気の抜けた「いらっしゃいませ」を口にする。雑誌売り場を通り過ぎ、アイスの冷凍庫に行こうとして、飲料売り場で立ち止まった。
そこに見慣れた橘色の髪の少女を見つけたからだ。
橘花は冷蔵庫の扉の前にしゃがみ、首を傾げて唸っている。
面白いと思った僕はしばらく見守ることにした。橘花は悩んだ末に、扉を開けて缶ジュースを手に取った。
一本の缶ジュースを買うか否かで悩むくらい金欠なのか……。
可哀そうに思った僕は後ろから声をかけた。
「橘花」
「うひゃっ⁉」
「⁉」
途端にビクッと跳ね上がる橘花。まるで猫だ。
「びっくりした……奏多くんかぁ」
振り返り、僕だと分かった途端に肩から力が抜けたようだ。
「こっちがびっくりしたぞ。金欠なんだろ? 奢ってやるよ」
「え? あーいやー別にいいよ」
なんだか気まずそうな橘花。
そう言えば昼間から変だった。僕は何かしてしまっただろうか。
「遠慮なんかしなくてもいいぞ」
「え、遠慮なんかしてないよ。金欠じゃないし」
橘花の苦笑いもいつもと何かが違う。
「そうなのか? その割にはえらく悩んでたけど。なんのジュースで悩んでたんだ?」
「いや、ちょっと見せられない」
橘花は手にした缶ジュースを背中に隠した。
見せられない缶ジュースとはなんだ……。
僕の頭に浮かんだのはアルコール飲料。
「お前……まさかアルコールか?」
「いやいや。私未成年だし」
そんなことは知っている。
「じゃあなんだよ」
「へ、変な飲み物……?」
「は? 変な飲み物?」
そう言われてしまうと気になってしまう。
これがカリギュラ効果という奴なのだろうか。
「わ、笑わない?」
「多分だけど僕は飲み物で笑えない」
思いを巡らせても、笑える飲み物の候補すら浮かばない。
「えっと…‥‥これ、なんだけど」
橘花が僕に見せた飲み物は『めんたいいちごみるく』だった。
「飲む奴いた……」
ついこの間学校で見たやつだ。
飲む奴なんかいないと思っていたゲテモノ。
「え?」
「いや、気にするな。それ僕も気になってたんだよ。どんな味がするのか」
「そなの?」
目をぱちぱちとさせる橘花。
僕が興味を持つとは思わなかったのだろう。
「うん」
「よかった。ところで奏多くんは何を買いにきたの?」
「姉さんとの賭けに負けた」
「またゲームしたの? 奏多くん弱いくせに諦めが悪いから……」
呆れ顔をした橘花は、いつもと変わらない様子だった。『めんたいいちごみるく』の重圧が無くなったからだろうか。
「言わないでくれ」
「美影ちゃんもよくこんな時間にアイスなんて食べるよね。私なら絶対に太る……」
「確かに。でも太ったなんて話は一回も聞いたことないな」
「羨ましい……。じゃあ私は会計してくるね」
「おう。じゃあな」
橘花は小走りでレジの方に消えて行った。
僕はカゴを取り、カップ焼きそばと炭酸飲料、最後にカップアイスを入れてレジに行くと、既に橘花はおらず、ダル気なバイトが会計を始めた。
765円を払い、店を出るとコンビニの看板の下に橘花が立っていた。
「先に帰ったんじゃなかったのか?」
「帰ろうと思ったんだけど、奏多くんもこれ、飲みたいんじゃないかと思って」
橘花は右手に持った缶を持ち上げ、少し振った。
振ったということは、炭酸では無さそうだ。
「いや、味の感想だけで良かったんだが」
「そう言わずさ、飲んでみなよ」
ふむ。僕は考えた。
多分、あのジュースは美味しくないのだろう。ここは飲むべきか飲まざるべきか。
「遠慮しとく……」
「遠慮しなくてもいいよ。ほら、美味しいから」
そういう橘花の瞳は笑っていた。
そんな顔をされれば断ることなど不可能だ。甘んじて受け入れよう。
「じゃ、じゃあ一口」
「うん。どうぞ」
橘花から渡された缶を恐る恐る口に近付けた。
口に含んでもいないのに鼻腔に甘くて辛い匂いが漂い、胸やけがしてきた。
「……うっ」
ここで一度離してしまえば二度と飲めなくなると思い、一気に口に含んだ。
舌の上で味わう事などせずに一気に飲み込む。
「ゴホッゴホッ……まっず⁉」
口に含んだ瞬間に広がる甘み。飲み込んだ後に喉を襲う辛み。
「あははは!」
橘花はお腹を抱えて笑っていた。
「畜生……こうなること分かってたのに」
「いい反応だったよ、奏多くん」
「はぁ……」
これも惚れてしまった弱みだろう。
例えどんなに罵られようと、橘花に対して腹が立つことはあっても、嫌いになる事などなかった。
今だってそうだ。
ムカついていてもそれ以上の感情は無い。
むしろ笑っている橘花を可愛いと思っている。
哀れだな……。
「帰るぞ。もうすぐ3時だ」
「うん。そうだね」
橘花とコンビニを後にし、海辺の道を歩いて戻った。
切れかけの街灯が照らす防波堤の歩道には人っ子一人いない。
波音だけが響き、潮の匂いが鼻腔を襲う。
「静かだね」
「深夜だからな。こんな時間にうるさかったら迷惑極まりない」
「捻くれ者」
橘花は唇を尖らせる。
「何を今さら。僕は昔から変わってないよ」
「そうそ。昔から捻くれてて友達がいなかったもんね」
そう言って笑う橘花は、やはり可愛くて仕方がなかった。
「友達がいなかったは余計だ」
「事実でしょ」
「だから余計なんだよ。だいたいな、友達が何だってんだ。いなくたって何にも困らないじゃないか。友達が多い方が偉いのか? やだね、そんな世間は」
前に読んだ小説のヒロインのセリフを引用した。
「だからそういう所がダメなんだよ。友達がいた方が楽しいでしょ? お昼ごはんとかも一緒に食べられるし。トイレも一緒にいける。あとは、休みの日とかも一緒に遊べるし」
トイレは一人で行くもんだ、と思った。
「どうだろ。僕は今までそんな事したことない。けど寂しいと思ったことも虚しいと思ったこともないよ」
「どうして?」
「橘花がいたからな」
「え?」
しまった。流石に発言が気持ち悪かったかもしれない。
「いや、深い意味はないよ。ただ僕には多くの友達はいなくても休みの日に一緒に遊ぶ奴がいたって話。姉さんも橘花も、総司君もいたから。僕はそれでよかったんだ」
咄嗟に否定してみせた。
ちなみに総司君とは橘花の兄で、今は東京にいる。
「でも今、お兄ちゃんはいないよ?」
寂しそうに橘花が言う。
「別に総司君とは永遠の別れをしたわけじゃないだろ? 今だって姉さんと遊んでたからこんな時間にこんな所にいるわけだし」
橘花は何かを怯えている。
その何かを僕は知っているが、口に出せるような物ではない。
当事者以外には、その物事の重大さが分からないのだから。
「じゃあさ、私は奏多くんの友達じゃないの?」
嫌な質問だ。
「そうだな。友達って括りにはしたくないな」
そんな軽くてすぐに消えて行く関係で終わらせたくはない。
「じゃあ何なの?」
「分からん。けど、敢えて言語化するならば兄妹、か。長く一緒にいすぎたんだろうかな」
本当は好きな人、と言いたいのだけれど。
それは今言うべきことじゃない。
「そっか。なら良かった」
「どういうことだ?」
「友達じゃないから他人って言われたら悲しいもん」
もう一度、橘花は「よかった」と呟いた。
「それは僕も同じだ」
それから二人は声を発することなく、帰路を歩んだ。
僕が家に着くと、姉さんは僕の部屋で腹を出して眠っていた。
「嫁入り前の娘が何をやってるんだか………」
姉さんを僕のベッドに寝かせて毛布を掛け、買ってきたアイスを冷凍庫に放り込んだ。
リビングには目を覚ました飼い猫のヘーハチ(本名:平八郎)が、ふてぶてしく僕の足に寄ってきた。
「おーどした? 腹減ったのか?」
こんな時間に餌を上げるのはどうかと思ったが、チャオチュールを与えた。
食べ終えると「ぬっふ」と鳴いてどこかへ行ってしまった。
ツンデレな猫だこって。
橘花が家に来たときは愛想よく頬をスリスリするのだが。
「やはり可愛い女の子の方がいいのか……」
ボヤキながらリビングのソファーで眠りについた。
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