第10話 設計者
...その場所がどこなのかは、誰にも分からない。
そもそも、そこに「場所」という概念があるのかすら分からない。
何もない空間。そこに一人の男が浮かんでいた。
システムの設計者だ。
「……え?」
男は、目の前に浮かぶ画面を見つめたまま固まっている。
「いやいやいや……嘘でしょ?」
何度確認しても表示は変わらない。
「まさか……本当に引くやつがいるなんてなぁ」
男は頭を抱えた。
「無色級だぞ? あれ」
空中に表示された情報を指で操作する。
その中に、一つだけ異質な項目があった。
『無色級』
「そもそも、遊びで作ったやつなんだけどなぁ」
男は楽しそうに笑った。
「六色だけじゃつまらないかなーって。七つ目のランクを作ってみたんだけど」
そして、何でもないことのように続ける。
「成長限界なし。レベル制。ステータス振り分け。まあ、いろいろ面白そうなものを詰め込んでさ」
男は画面を指で弾いた。
「そのあとシステムから消したはずなんだけど……」
一瞬、画面を覗き込む。
「……バグで残ってたんだよなぁ」
沈黙。男は頬を掻く。
「それを本当に引く?」
そして、呆れたように笑った。
「確率、100兆分の1だぞ?」
普通なら、まず起こらない。
「まぁ……決められた人生を変えることのできる唯一のランクだからね……」
男は少しだけ楽しそうに目を細める。
「どんな人生になるのか、見てみるのも悪くないか」
だが――。
最後に、意味深な笑みを浮かべた。
「まぁでも……」
「良い事ばかりではないかもしれないけどねぇ?」
その言葉を残して。
男の姿は、何もない空間へ溶けるように消えた。
◇
「……単独クリア」
僕はステータス画面を見つめたまま、動けずにいた。
『エクストラクエスト』
『第一門【獣】』
『レベル10到達条件』
『第一門の単独クリア』
「僕、一人で……?」
第一門【獣】。
これまで何度も入ってきた門だ。
最初は牙狼一匹にすら苦戦した。
でも今の僕は違う。
レベル9。
力は41。
以前とは比べものにならないくらい強くなった。
それでも――。
「一人で最後まで攻略するなんて……」
今までの攻略では、必ず複数人のハンターがいた。
前衛。後衛。索敵。回復。
それぞれが役割を持って戦っていた。
一人で全部をやるなんて、現実的なのだろうか。
「……可能なのか?」
僕はスマホを手に取った。
検索欄に、
『第一門【獣】 攻略 必要人数』
と入力する。
いくつかの攻略サイトを確認していく。
そして、共通して書かれている内容を見つけた。
第一門を安定して攻略するための最低構成。
銅級上位――二人。
銀級下位――一人。
「……最低でも三人」
もちろん、安全を考えればもっと人数を増やす。
それが普通だ。僕はスマホを置いた。
「じゃあ……僕は?」
今の僕は、何級相当なんだろう。
正確には分からない。
ただ、これまでの戦いを思い返せば――。
「たぶん、銅級上位よりは強い」
牙狼との戦いでも、以前とは明らかに違う。
力41。
この数値がどれほどのものなのか、正確な基準は分からない。
「でも……銀級下位よりは弱いはず」
あくまで予想。
実際に銀級下位のハンターと戦ったことはない。
それでも。
もし自分が銅級上位と銀級下位の間くらいの強さなら――。
「一人で第一門を攻略するのは……かなり厳しい」
僕は画面を見る。
『レベル:9』
『経験値:0/0』
『レベル10到達条件』
『第一門の単独完全クリア』
「……でも」
これをクリアしなければ、先へ進めない。
レベル10になれない。
そして。
第四門【王】へ行くためには、もっと強くならなければならない。
絵美を助けるために。
「……やるしかないか」
無謀に突っ込むのはやめよう。
僕はまず、準備を始めた。
回復薬。
食料。
状態異常に備えた薬。
そして、門から帰還するための帰還書。
必要なものを一つずつ調べ、買い揃えていく。
「……結構お金かかるな」
幸いにもレベルアップ上限の為に使えなかった霊魂石が余っていたのでそれを売ってお金にした。
それで買った。命には代えられない。
そして――。
門への申請を行う。
門への入場申請は、専用システムからできる。
僕は申請画面を開いた。
『申請ランクを選択してください』
銅級。
銀級。
金級。
白金級。
虹級。
極光級。
そして――。
その一番下に。
『無色級』
「……ある」
少しだけ息を呑む。
やっぱり。僕のステータス画面だけじゃない。
この世界のシステムそのものが、無色級を認識はしている。
僕は迷わず、
『無色級』
を選択した。
そして申請。
『申請を受け付けました』
「……」
数秒後。
『承認されました』
「通った……」
無色級。存在しないはずのランク。
それなのに、システム上では何の問題もなく認められている。
こうして僕は――。
初めて、一人で第一門へ挑戦することになった。
◇
「……何?」
同じ頃。
ある場所に、第一門の入場申請記録が届いていた。
それを確認した男が、眉をひそめる。
「今日の第一門……単独申請?」
画面に表示された名前。
九条彩戸。
そして、その横には。
『無色級』
「……無色級?」
男は目を疑った。
「待て」
その名前には見覚えがある。
「九条彩戸……」
記憶を辿る。
「この間まで、銅級上位として第一門に参加してたやつじゃないか?」
周囲のクランメンバーもざわついた。
「間違いありません」
「数日前まで銅級上位として記録されています」
「それが……無色級?」
男は画面を見つめる。
日本でも有数の大型クラン。
ナイトオブラウンズ。
そのリーダーである男――。
天城 皇真(あまぎこうま)
ランクは日本でまだ5人しかいない虹級。
「……まさか」
皇真は椅子から立ち上がった。
「先日の卒業式で出たっていう、あの無色級か?」
「噂ではそうです」
「ガチャに存在しないランクが出たっていう……」
「学校側も原因不明だと」
皇真は再び画面を見る。
九条彩戸。
無色級。
そして――単独で第一門。
「何があった?」
誰も答えられない。だがただ一つ確かなことがある。
この男はほんの数日前まで銅級上位として参加していた。
それなのに今は――。
「一人で第一門に入る、か」
皇真は少し考えたあと、クランメンバーへ告げる。
「九条彩戸の動向を確認しておけ」
「はい」
「何かあった時、すぐに動けるようにしておけ」
クランメンバーが頷く。
皇真は最後にもう一度、画面に表示された名前を見た。
「……無色級」
その存在が何を意味するのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ――。
九条彩戸が第一門へ向かおうとしている。
その事実だけが静かに広がり始めていた。
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