第4話 初めての門

 翌日。


 彩戸は、指定された集合場所に立っていた。


「……本当に来ちゃった」


 目の前にあるのは、巨大な建物。


 門管理施設。


 その奥には、異界へと繋がる門がある。


 周囲には武器を持ったハンターたちが歩いている。


 剣。槍。弓。


 中には見たこともないような装備を身につけた人までいた。


 彩戸は思わず喉を鳴らした。


 昨日まで、自分とは関係のない世界だと思っていた場所。


 それが今は――。


「おい」


 突然、声をかけられた。


「君、今回の募集に入った新人?」


「あ、はい」


「ランクは?」


「……銅級上位です」


 嘘。


 けれど、誰も疑う様子はなかった。


「なら問題ない。今回は第一門だからな」


「第一門……?」


「【獣】だよ」


 男が門の方を指差す。


「初心者向けだ。まあ、油断したら普通に死ぬけどな」


「……死ぬ」


「はは。怖いか?」


「……少し」


「正直でいいじゃねえか」


 男は笑った。


 その笑顔が、逆に怖かった。


     ◇


 しばらくして。


 門の前に全員が集まった。


 巨大な黒い空間。


 その向こう側は、何も見えない。


 ただ、そこから冷たい風が吹いている。


「行くぞ」


 一人が門へ足を踏み入れた。


 続いて、他のハンターたちも入っていく。


 彩戸も後に続いた。


 一歩。


 足を踏み入れた瞬間。


「……っ」


 空気が変わった。


 冷たい。


 そして――臭い。


 土。


 獣。


 何かが腐ったような臭い。


 彩戸は思わず鼻を押さえた。


「これが……門の中」


 そこは森だった。


 見渡す限り木々が並び、空は薄暗い。


 日本のどこにでもあるような森。


 なのに。


 明らかに違う。


「気を抜くなよ」


 先頭の男が言った。


「第一門だからって、モンスターが弱いとは限らない」


 その直後。


「グルル……」


 森の奥から、唸り声が聞こえた。


 全員が止まる。


 彩戸の心臓が跳ねた。


「来るぞ」


 木々の隙間から何かが飛び出した。


「うわっ!」


 巨大な狼。


 普通の狼より一回り以上大きい。


 鋭い牙。


 赤い目。


 男が叫ぶ。


「牙狼だ!」


 牙狼がこちらへ突っ込んでくる。


「下がれ!」


 誰かが叫んだ。


 だが。


 牙狼の動きは速かった。


「――っ!」


 彩戸は反応できない。


 目の前まで牙が迫る。


「危ない!」


 横から誰かが斬りつけた。


 牙狼が吹き飛ぶ。


「大丈夫か!」


「は、はい……」


 彩戸の足は震えていた。


 怖い。


 本当に怖い。


 画面を開く。


『レベル:1』


『力:5』


『素早さ:5』


『体力:5』


『魔力:5』


『運:5』


 全部5。


「……これじゃ」


 彩戸は拳を握った。


 何もできない。


 父親がハンターだった頃。


 自分は何も知らなかった。


 ただ、帰ってくるのを待っていた。


 そして――帰ってこなかった。


「……僕も」


 牙狼が再びこちらを見る。


 今度は彩戸へ向かって走ってきた。


「う、うわあああっ!」


 彩戸は必死に横へ飛んだ。


 牙狼の爪が服をかすめる。


「っ……!」


 怖い。


 でも、逃げたくない。


 ここで逃げたら。


 また何もできない。


「僕だって……!」


 牙狼が振り返る。


 もう一度、飛びかかってくる。


 彩戸はその瞬間を待った。


 ギリギリまで引きつけて――。


「今!」


 横へ転がる。


 牙狼の身体が目の前を通過した。


 そのまま地面へ倒れ込む。


「はぁ……はぁ……」


 彩戸は震える手で落ちていた短剣を握った。


 そして。


「……ごめん!」


 倒れた牙狼へ向かって、短剣を突き立てた。


 牙狼の身体が動かなくなる。


 静寂。


「……倒した?」


 しばらく待つ。


 動かない。


「……僕が?」


 彩戸は呆然とした。


 その瞬間。


 牙狼の身体から、青白い光が浮かび上がった。


 ころん。


 地面に落ちたのは――。


「……霊魂石」


 青白く透き通った、小さな石。


 彩戸はそれを拾い上げた。


 手の中で、淡く光っている。


 視界に画面が表示された。


『霊魂石を獲得しました』


「……!」


 これだ。


 これがあれば。


 レベルを上げられる。


 今すぐ使いたい。


 そう思った。


 だが。


 彩戸は周囲を見た。


 他のハンターたちがいる。


 もし、ここで何か起きたら。


 無色級のことが知られるかもしれない。


「……いや」


 彩戸は霊魂石をポケットへしまった。


「家に帰ってからにしよう」


 それからの攻略は、彩戸にとってあっという間だった。


 何度かモンスターと遭遇したが、今度は一人では戦わなかった。


 仲間のハンターたちが前に出て、彩戸はその後ろから必死についていく。


 そして。


 何体かのモンスターを倒すたびに、霊魂石が手に入った。


 一個。二個。三個。


「……こんなに」


 彩戸はポケットの中を確認した。


 小さな青白い石がいくつも入っている。


 これなら――。


 ひょっとしたら。


 本当に強くなれるかもしれない。


     ◇


 門から出た頃には、空が少し暗くなっていた。


「今日はここまでだ」


 攻略チームのリーダーが言う。


「お疲れ」


「お疲れさまでした」


 彩戸も頭を下げた。


 そして、一人で帰路につく。


 身体が重い。


 足も痛い。


 けれど。


 不思議と気分は悪くなかった。


「……僕、モンスターを倒したんだ」


 何度も思い返す。


 怖かった。


 死ぬかと思った。


 それでも。


 自分の力で、一体だけでも倒した。


 そして――。


 霊魂石を手に入れた。


     ◇


「ただいま」


「おかえり、お兄ちゃん」


 妹の絵美がリビングから顔を出す。


「今日どこ行ってたの?」


「……ちょっと散歩」


「長っ」


「うん。ちょっと遠くまで」


 嘘を重ねる。


 母にも何も言わず、そのまま自分の部屋へ向かった。


 ドアを閉める。


 鍵をかける。


「……よし」


 彩戸はポケットから霊魂石を取り出した。


 机の上に並べる。


 青白い光が、暗い部屋の中で揺れている。


「これで……」


 視界に画面を表示する。


『経験値取得方法:霊魂石を使用する』


 彩戸は、一番小さな霊魂石を手に取った。


「……これで本当に強くなれるのかな」


 少しだけ怖い。


 でも。


 確かめたい。


「……使う」


 霊魂石を握りしめる。


 その瞬間。


『霊魂石を使用しますか?』


 彩戸は息を呑んだ。


 そして。


「はい」


 答えた。


『霊魂石を使用しました』


『経験値を獲得しました』


『経験値:100/100』


 画面が一度、明滅する。


『レベルアップ条件を達成しました』


「……!」


 彩戸の目が見開かれる。


 そして最後に。


『レベルアップします』

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