第3話 霊魂石

 翌朝。


 彩戸は、ほとんど眠れなかった。


 原因は、昨日からずっと視界に浮かんでいる画面だ。


『ランク:無色級』


『レベル:1』


『経験値:0/100』


『成長限界:なし』


 成長限界はない。


 つまり、レベルを上げ続ければ、強くなれる。


 それは、この世界ではあり得ないことだった。


 ハンターは、ランクによって強さが決まる。


 銅級は銅級。


 銀級は銀級。


 どれだけ努力しても、ランクそのものを超えることはできない。


 だからこそ、ランクガチャが人生を決める。


 なのに。


 自分だけは違う。


「……本当に、強くなれるのかな」


 彩戸は自宅のベッドに腰掛けたまま、画面を見つめた。


 そして、すぐに気づく。


「……いや」


 問題はそこじゃない。


 画面には、もう一つ重要なことが書かれている。


『経験値取得方法:霊魂石を使用する』


 レベルを上げるには霊魂石が必要。


 霊魂石は、門の中にいるモンスターが落とす。


 そして――高い。


 彩戸はスマートフォンを取り出した。


 霊魂石の販売サイトを開く。


「……一個、五万円」


 思わず声が漏れた。


 もちろん、安いものもある。


 品質の低い霊魂石なら一万円ほどで買える。


 しかし、それでも高校を卒業したばかりの彩戸にとっては大金だ。


 母に頼むなんて論外だった。


 ただでさえ生活に余裕があるわけではない。


「無理だ……」


 スマートフォンを閉じる。


 霊魂石を買う金がない。


 門に入る資格もない。


 つまり――。


「詰んでない?」


 彩戸はベッドから立ち上がった。


 部屋の窓から外を見る。


 今日は卒業式の翌日。


 予定は何もない。


 これから始まるはずだった自由な生活も、無色級の力を知ったせいで、すっかり別のものに見えていた。


     ◇


 昼前。


 彩戸は気分転換のため、近所の商店街へ向かった。


 霊魂石のことを考え続けていても、答えは出ない。


 せめて何か食べて帰ろう。


 そう思って歩いていた時だった。


「彩戸!」


 突然、後ろから声がした。


 振り返る。


「……華蓮?」


 そこにいたのは、幼い頃から知っている少女だった。


 月城華蓮。


 明るく活発で、昔から何かと彩戸を引っ張ってくれた幼なじみ。


 学校は別だったが、昨日が卒業式だったらしい。


「久しぶり!」


「うん。久しぶり」


「なんか元気ない?」


「そう?」


「うん。めちゃくちゃ」


 華蓮は彩戸の顔を覗き込む。


「昨日、ランクガチャだったんでしょ?」


「……うん」


「何級だった?」


「……銅級上位」


 また嘘をついた。


 すると華蓮は、ぱっと笑った。


「よかったじゃん!」


「え?」


「銅級上位なら門に入れるじゃん!」


「あ……うん」


「私は銅級上位だったよ!」


「……え?」


 彩戸が目を丸くする。


「私も!」


 華蓮は嬉しそうに胸を張った。


「一緒じゃん!」


「……そうだね」


「なんでそんな反応薄いの?」


「いや……」


 彩戸は苦笑した。


 華蓮は昔からこうだった。


 何でも前向き。


 彩戸が落ち込んでいると、勝手に隣に座ってくる。


 何も聞かずに、くだらない話を始める。


 そしていつの間にか、彩戸の気分を少しだけ軽くしてくれる。


「そういえばさ」


 華蓮が首を傾げた。


「彩戸って、ハンターになるの?」


「……分からない」


「えー、ならないの?」


「門って危ないから」


 父親のことを思い出す。


 華蓮は少しだけ黙った。


「……そっか」


 それ以上は聞かなかった。


「じゃあ、私がハンターになったら守ってあげるよ」


「華蓮が?」


「そう!」


 華蓮は笑った。


「私、結構運動できるし!」


「自分で言う?」


「言うよ!」


 彩戸も少しだけ笑った。


「じゃあ、期待してる」


「任せて!」


 華蓮は胸を張った。


     ◇


 華蓮と別れたあと。


 霊魂石を手に入れる方法を考え続けていた彩戸は、スマートフォンを眺めていた。


 すると、ある広告が目に入った。


『門攻略メンバー募集』


「……門攻略?」


 興味本位で開いてみる。


『募集条件:銅級上位以上』


「……やっぱり」


 彩戸は小さく息を吐いた。


 銅級下位には、門に入る資格がない。


 当然だ。


 危険な門に、戦う力のない人間を入れるわけにはいかない。


 諦めて画面を閉じようとした。


 その時だった。


「……ん?」


 募集ページの下に、


『応募する』


というボタンが表示されている。


 彩戸は何気なく押した。


 すると、ランクを選択する画面が表示された。


『あなたのランクを選択してください』


 一覧には、


『銅級上位』


『銀級』


『金級』


 ……と、いくつものランクが並んでいる。


 その中に。


『無色級』


「…………え?」


 彩戸の手が止まった。


 無色級。


 昨日、自分が引いたランク。


 存在しないはずのランク。


 それが、当たり前のように選択肢に入っている。


「……なんで?」


 しばらく画面を見つめる。


 無色級を選択してみる。


 すると――


『応募条件を満たしていません』


 ……とは表示されなかった。


「……え?」


 そのまま応募ボタンを押す。


 画面が切り替わった。


『応募を受け付けました』


「…………」


 彩戸は固まった。


 銅級上位以上。


 それが門攻略の条件だったはずだ。


 なのに。


 無色級なら、なぜか応募できる。


「……無色級って、一体なんなんだ?」


 答えは出ない。


 ただ一つ分かることがある。


 門に入れる。


 そして、門の中には――霊魂石がある。


     ◇


 翌日。


 彩戸は門攻略チームの集合場所に立っていた。


「九条彩戸さん?」


「はい」


「ランクは?」


 一瞬、喉が詰まる。


「……銅級上位です」


「了解。じゃあ、今回の攻略では後方支援を頼む」


「はい」


 嘘をついた。


 けれど。


 これで門の中へ入れる。


 彩戸は門を見上げた。


 巨大な門の向こう側。


 そこには、モンスターがいる。


 そして――霊魂石がある。


「……行こう」


 こうして九条彩戸は。


 誰にも知られていない「無色級」の力を確かめるため、初めて門へ入ることになった。

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