第27話 女神様はどこ?
目を開けると、木々の隙間から光が差し込んでいた。
「…………」
愛華はしばらく仰向けのまま、頭上を見つめていた。
高い木々。
揺れる枝葉。
聞いたことのない鳥の声。
「……ここが、オルネシア?」
ゆっくりと身体を起こす。
見渡す限り、森だった。
白い空間も、空間管理局の局長もいない。
本当に別の世界へ来てしまったらしい。
「いきなり森の中かぁ……」
愛華は立ち上がり、服についた土を払って周囲を見回す。
「どうすればいいんだっけ、これ……」
局長に言った言葉を思い出す。
『向こうに着いたら、チャンネルを探せばいいんですね?』
『うん。君なら見つけられると思う』
そうだ!
女神リュミエラ様。
この世界を管理している女神様がいるという。
局長の話では、自分ならチャンネルを移動して、直接会いに行けるらしい。
「とりあえず、女神様を探しますか」
愛華は目を閉じた。
意識を少しだけずらす。
――カチッ。
空気が変わった。
同じ森。
同じ木々。
けれど、先ほどまでとは明らかに違う。
空気が重い。
「うん。使える」
六歳の頃から慣れ親しんできた感覚だった。
もう一度。
――カチッ。
景色が変わる。
さらに。
――カチッ。
また違う。
愛華が幽界と呼んでいた場所も、一つではない。
ほんの少しチャンネルをずらすだけで、
似ているようで微妙に違う空間が現れる。
――カチッ。
――カチッ。
――カチッ。
「この辺はまだ幽界かな……」
愛華はさらに進んでいく。
今まで地球で、ここまで連続してチャンネルを変えたことはほとんどない。
そもそも必要がなかった。
幽霊と話すだけなら、チャンネルを一つ二つ、動かせば十分だったし、
神社に行けば、ショートカットで神界と繋がることが出来た。
――カチッ。
「……あ」
雰囲気が変わった。
今までとは明らかに違う。
「この辺から霊界?」
誰かに教わったわけではない。
ただ、愛華にはなんとなく分かる。
そこからも一つではなかった。
――カチッ。
淡い光が漂う空間。
――カチッ。
遠くに何かの気配がある空間。
――カチッ。
どこまでも静かな空間。
「霊界も、こんなにいろんな層があったんだ……」
地球にいた頃は、わざわざ奥へ進もうなどと考えたこともなかった。
だが今は違う。
目指す場所がある。
神界。
「女神様なんだから、もっと先だよね」
――カチッ。
――カチッ。
――カチッ。
どれだけ進んだだろう。
景色はすでに、最初の森とはまるで違っていた。
空間全体が淡い光に包まれている。
「そろそろ神界かな?」
愛華が、さらにチャンネルを切り替えようとした。
――カチッ。
「ん?」
何かとすれ違った。
「……今、何かいた?」
愛華は振り返る。
「いや、いたよね」
愛華は一つ前のチャンネルへ戻った。
――カチッ。
「うわっ!」
「きゃっ!」
目の前に、白い衣をまとった女の子がいた。
二人同時に飛び退く。
「びっくりしたぁ……」
愛華は胸を押さえた。
相手も同じように驚いている。
若い女性、でも、
背中に白い翼がある。
頭の上に輪っかがある。
「…………」
「…………」
「……天使?」
「アイカ様ですか?」
「え?」
「よかったぁ。やっと見つけました」
彼女は安心したように笑った。
「リュミエラ様から、あなたを迎えに行くよう言われていたんです」
「リュミエラ様って……あっ、女神様!」
「はい」
「今すれ違いましたよね?」
「はい。まさかアイカ様が、こんなに早くここまで来るとは思わなくて……」
「そうなんですか?」
「普通は来られませんから」
「…………」
「こちらです。リュミエラ様がお待ちです」
天使が手を差し出す。
「あ、はい」
愛華が手を握ると……
――カチッ。
いくつかのチャンネルを一気に飛び越える。
「うわぁ……」
そこには、森とはまったく違う世界が広がっていた。
柔らかな光に包まれた空間。
その奥に、一人の女性がいる。
「リュミエラ様。アイカ様をお連れしました」
「おー、ご苦労さん」
「…………」
愛華は固まった。
「初めましてやな。うちがリュミエラや」
「あ……初めまして。能登愛華です」
「知ってる、知ってる。局長から聞いとるで」
リュミエラは愛華を上から下まで眺めた。
「ほんまに地球の身体そのままなんやなぁ」
「あの……」
「なんや?」
「女神様って、関西弁なんですね」
「そこ?」
「いや、なんとなく……」
「まあええわ。まず説明しとこか」
リュミエラが指を動かす。
愛華の目の前に、半透明の文字が現れた。
「おぉ!」
「それが今のあんたのステータスや」
「ステータス?」
愛華は並んだ文字を見る。
「局長から聞いてると思うけど、
あんたは地球の身体をそのまま持ってきとる」
「はい」
「せやから、オルネシアの人間みたいに魔力を使う仕組みが身体にないんよ」
「やっぱり魔法は使えないんですね……」
「無理やな」
「残念……」
「その代わり」
リュミエラがニヤリと笑った。
「言葉と、この世界で暮らすのに必要な常識は、脳にインストールしといた」
「…………はい?」
愛華が目を瞬く。
「インストール?」
「せや」
「脳に?」
「せや」
「いつ?」
「こっち来る時」
確かに必要ではある。
「それでも魔力は構造上、付加できへんから――」
リュミエラがステータスを指差した。
「その分、他のステータスはマシマシにしといたで」
「マシマシ……」
「体力とか、素早さとか、運とか。その辺やな」
「女神様がマシマシって……」
「細かいこと気にしたら負けや」
「…………」
愛華は改めてステータスを眺めた。
魔法は使えない。
剣を使った経験もない。
いくら身体能力が高くなったところで、魔物と戦える気はまったくしない。
「あの」
「ん?」
「私、戦ったことないんですけど」
「知っとるで」
「魔法も使えないんですよね?」
「せやな」
「それで、プレーヤーを排除しろって……無理じゃないですか?」
「誰があんたに殴り合え言うたんや」
リュミエラが笑う。
「あんたの仕事は、あんたにしかできへんことや。
戦うんは別の誰かに任せたらええ」
「別の誰かって……」
「まあ、そのうち分かる」
また、それだ。
局長も似たようなことを言っていた。
「それとな」
リュミエラが急に楽しそうな顔になった。
「もう一個、あんたにプレゼントがある」
「プレゼント?」
「サプライズや」
「…………?」
リュミエラが愛華の後ろを見る。
「もうええで」
何のことだろう。
愛華が振り返る。
「…………」
一匹の狐がいた。
「…………え?」
少し身体が大きくなっている。
毛の色も、前より白っぽい。
でも、見間違えるはずがない。
六歳の頃から、ずっと一緒にいた狐。
「……ヤコ?」
「愛華!」
ヤコが飛びついてきた。
「愛華ぁ!」
「ヤコ!?」
愛華はその身体を抱き止めた。
「なんで!? なんでヤコがここにいるの!?」
「よく分からないけど、御祭神様が愛華のところへ行きたいかって聞くから、
行きたいって言ったら――」
ヤコが言葉を止めて、青い顔をしている。
「……どうしたの?」
「いや……なんでも」
ヤコは自分の首の辺りを気にしているが、愛華には意味が分からなかった。
しばらく二人の再会を眺めていたリュミエラが、頃合いを見て声をかけた。
「で、そのヤコやけどな」
「はい?」
「そのまま連れてきたわけやないで」
「どういうことです?」
「あんたと違ってヤコは転生、身体はこちらで用意したんや」
リュミエラは悪い笑みを浮かべた。
「つまり、魔法もスキルも、うちのやりたい放題や!」
「やりたい放題……」
「アイカには戦闘力がほとんどないやろ?」
「ほとんどというか、ありません」
「せやからヤコに、あんたの護衛をしてもらう」
「護衛?」
「せや」
リュミエラが笑った。
「だいたいAランクの魔物とやり合えるくらいにはしといたで」
愛華とヤコが同時に固まった。
「Aランクって?」
「それと各種魔法も使えるようにしといた」
愛華が抗議する。
「なんか納得いかない!」
「ええやん。あんたにはチャンネル移動があるんやから」
「それ、戦闘にはほとんど使えないですよ!」
「使い方次第やと思うけどなぁ」
リュミエラは楽しそうに笑っている。
愛華は諦めてため息をついた。
「それで……」
「ん?」
「私、これからどうしたらいいんですか?」
オルネシアへ来たはいいけど、
これから何をすればいいのかが分からない。
リュミエラは少し考えてから答えた。
「そのうち、あんたが活躍できる機会が来るかも……
いや、来る! たぶん……」
(女神様?……何も考えてなかったよね?)
「せや。それまでは、ここでノンビリしーやー。
寝る場所も食べるもんもあるし、金もいらん」
「リュミエラ様の神界で?」
「愛華、あんたは地球の神様から預かっとる、大事なお客さんや。
そんなかしこまらんと、もっとフランクに行こ!」
(フランクって言われてもねぇ……)
「だから、その…」
リュミエラは急に顔を赤らめる。
「そ、その……うちの事は、『リュミエラちゃん』って呼んでや!」
「は、はい?……」
愛華はリュミエラを見つめ、しばらく考え、
「……まあ、いいか」
小さく笑った。
「僕はリュミエラおばちゃんでもいい?」
「お、おば……。しばくぞ!クソ狐!」
あわてて愛華の後ろに隠れるヤコ。
「まあまあ。」
愛華は苦笑いでなだめる
こうして愛華の異世界生活は――
しばらく神界で、何もせず過ごすことになった。
『特異個体 ~転生先は別サーバー~』 NOTAI @mocy33
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