と、とりあえず……下僕(飼い主)を作るかぁ?
そう結論づけたわたしは、石畳の上でぺたりと座ったまましばらく真剣に考え込んでいた。
いや、真剣に考えているつもりだったのだが、猫の姿でやるとただ「ぼーっとしている可愛い猫」にしか見えないらしく、通りすがりのプレイヤーたちから「え、なにあの子かわいい」「NPC?」「触れたりしない?」など好き勝手言われていた。
やめてほしい。こっちは第二の世界の人生設計をしているのである。
……猫生かもしれないけど。
とはいえ、このまま野良猫生活を送るのはさすがに不安だった。
所持金ゼロ、知識ゼロ、土地勘ゼロ。しかも自分のステータス欄には【災厄の猫】だの【邪悪の化身】だの不穏な単語が並んでいる。
どう考えても普通に路地裏で魚の骨を齧って生きていけるタイプではない。
ならば必要なのは拠点だ。
安全で、雨風をしのげて、ご飯が出てきて、できれば撫でてくれる人間。
つまり下僕である。
わたしはすん、と鼻を鳴らしながら立ち上がった。
四足歩行にも少しずつ慣れてきたのか、さっきまでより自然に歩けるようになっているのがなんとも複雑だ。
いや慣れるなわたし。まだゲーム開始一時間も経ってないんだけど。
とりあえず、広場を観察してみることにした。
初期リスポーン地点らしいこの街の中央広場はかなり賑わっていて、大きな白石の噴水を中心に、人、人、人。
プレイヤーと思われる人たちはもちろん、NPCらしき商人や兵士まで普通に行き交っている。
パンを売る屋台からは焼き立ての香ばしい匂いが漂ってきていたし、噴水の縁には初心者らしいプレイヤーたちが座り込みながらステータス画面を開いて「うわ俺剣士だ!」「魔法職きた!」など盛り上がっていた。
なるほど、こういう感じか。
わたしは噴水の縁にぴょこんと飛び乗り、尻尾を揺らしながら人間観察を始めた。
まず却下されたのは、露骨にテンションの高いプレイヤー集団だった。
「うおっ!?猫いるじゃん!」
「え、レアモンスじゃね?」
「捕獲するか?使役とかテイムできんのかね」
はい解散。
却下です。
なんかもう目が獲物見るタイプのそれなんだよな。
あと捕獲って言った。アウトです。人権ならぬ猫権侵害である。
わたしがじっと冷めた目で見ていると、向こうは「うわめっちゃ見てる」「AI賢くね?」など騒ぎ始めたので、そのまま尻尾を翻して離脱した。
危ない危ない。うっかり下僕候補どころか素材扱いされるところだった。
次に近寄ってきたのは、やたら猫好きっぽい女性プレイヤーだった。
「きゃあああああ!! ねこちゃん!!!!」
声がデカい。
しかも走ってくる。怖い怖い怖い。
「おいでー! ほらおいでー! ちゅーるあるよ!? ねこちゃん!!」
この世界にちゅーるって存在するんだ。
というか圧がすごい。愛が重い。
わたしは半歩後退した。すると女性プレイヤーは「えっ警戒されてる!? ごめんねぇぇぇ!!」と勝手にダメージを受けていた。
ちょっと可哀想だったが、初対面で距離感ゼロの人間は猫界隈では嫌われるので仕方ない。
そんな感じで、わたしの下僕選別は難航していた。
なんというか、みんな悪い人ではないのだ。
ただ、違う。
フィーリングというか、本能というか、猫的センサーが「こいつではない」と告げてくるのである。いやなんだよ猫的センサーって。自分で言ってて意味わからないけど、でも本当にそんな感じなのだから仕方ない。
そんな中、広場の端の方で少し騒ぎが起きた。
「あーっ! ご、ごめんなさい!」
小さな声と同時に、木箱がぐらりと傾く。
荷物を抱えた子供NPCらしき少年が、通行人とぶつかって箱を落としかけたらしい。
あ、危な――。
そう思った瞬間、その箱を横から伸びた腕がひょいと支えた。
「っと。大丈夫か?」
低めの声だった。
反射的にそちらを見る。
そこにいたのは、一人の青年だった。
年齢は二十歳前後くらいだろうか。明るい水色の髪を後ろで適当に束ねていて、日に焼けた肌と、よく笑いそうな口元が妙に目を引く。
服装は動きやすそうな軽装だったが、腰には剣が下がっていて、身体つきもしっかりしていた。いかにも戦える人という感じなのに、不思議と威圧感はない。
むしろ雰囲気はかなり柔らかかった。
「ほら、落ち着け。急がなくていいから」
青年はしゃがみ込みながら、散らばりかけた荷物を子供と一緒に拾い集めていく。
しかも手際がいい。子供が焦って何度も謝っているのに、「気にすんなって」「怪我してないならセーフセーフ」と笑いながら返している。
……うーん、善人だ。
わたしは思わずそんな感想を抱いた。
しかもあれは、自然にやってる。
良い人アピールとかではなく、完全に無意識の善行だ。
絶対こういう人、道端で困ってるおばあちゃん見つけたら普通に荷物持つタイプだし、雨の日に捨て猫見つけたら拾うタイプだ。あとたぶんちょっと苦労性。なんとなくわかる。
そして何より……。
顔がいい。
めちゃくちゃ大事である。
いやだって、どうせ下僕を作るならイケメンの方が良くない?毎日見るんだよ?
視界に入るなら顔がいい方が絶対いいじゃん。
わたしは噴水の縁に座ったまま、じぃ……っと青年を観察した。
するとその瞬間、ふいに青年がこちらを見た。
青い目と視線が合う。
「……ん?」
青年はきょとんとした顔で足を止めた。
そのまま数秒、沈黙。
次の瞬間。
「うわぁ、猫だ」
なんかすごく素直な感想が出てきた。
しかも声音がちょっと嬉しそうだった。
わたしは無意識に耳をぴくりと動かす。
すると青年は、警戒させないようにするみたいにゆっくりしゃがみ込んだ。
「お前、野良か?」
その言い方が妙に優しかった。
無理に触ろうともせず、変に大声を出すわけでもなく、ただ自然に目線を合わせてくる。
……うーん。
わたしはじっと彼を見返した。
悪くないね、かなり悪くない。
顔がいいし。
大事なことなので二回考えた。
するとその時だった。
ふわり、と空気が揺れた気がした。
青年の視線が、わずかに熱を帯びる。
「……なんだお前、すげぇ可愛いな……?」
呟くような声だった。
同時に、近くを歩いていた通行人たちまで「え、猫?」「かわいい……」と足を止め始める。
ありゃ?
なんか視線集まってない?
わたしが困惑している間にも、空気はじわじわおかしくなっていく。
露店の店員がこちらを見て微笑み、子供が駆け寄ろうとして親に止められ、さっきまで興味なさそうだったプレイヤーまで「なにあの猫……」とざわつき始めた。
……あっ、これ【高位魅了】か。
やめて。
そんな全方位猫カフェ吸引機みたいな能力いらない。
わたしが内心で頭を抱えていると、青年は周囲を見回して少し困ったように笑った。
「なんかお前、すげぇ人気者だなぁ」
いやたぶん原因わたしなんだけど。
とはいえ、周囲が混み始めたことで、逆に青年は少し真面目な顔になった。
「……こんだけ人多いと踏まれそうだな」
そう言って、そっと手を差し出してくる。
「来るか?」
その声に、わたしは少し迷った。
知らない人間だ。
会ったばかりだし、この先どうなるかも分からない。
でも。
差し出された手は温かそうで、嫌な感じがしなかった。
わたしは少しだけ考えてから、ぴょん、とその腕の中へ飛び乗った。
「お、マジか」
青年が目を丸くする。
そのまま抱き上げられると、思った以上に安定感があった。筋肉質な腕はしっかりしていて、揺れも少ない。あと近い。顔が近い。イケメンが近い。
……うん。
悪くないな、これ。
なんだか悔しいけれど、妙に安心感があった。
喉の奥が、ぐるる、と小さく震える。
えっ今のなに。わたし鳴いた?これが猫の喉ならし??
どうせなら自分じゃなくて現実の猫で体験したかったッ!
自分でびっくりしていると、青年は嬉しそうに笑った。
「ははっ、懐っこいなぁお前」
違います。
選んだだけです。
将来性込みで。主に顔の。