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京都の長谷川宗仁

 長谷川宗仁は将軍山を城に向けて登っていた。ふと後ろを振り返ると京の町並みが見える。応仁の乱で荒廃したあと町家衆が守ってきた都だ。戦が起こるたび己たちの力で京の都を守ってきた。そして今、京に新たな勢力がやって来て浸透していこうとしている。自分はこの勢力に乗った。賭けてみたのだ。今のところその賭けには勝っている。
 
 自分は京の町衆の一人として、長年この都を見てきた。 応仁の乱以降、大名たちは京を戦場にするだけで、 民のことなど考えてはくれなかった。 だが尼子は違った。京に来て真っ先に行ったのが下京に店を出すことだった。勿論、将軍様も連れてきた。だが店を出し下京の民百姓に食い物を、生活用品を安価で売ることを一番に始めたのだ。

 その後、比叡のお山を焼き、京雀の度肝を抜いた。焼き討ちどころか本当に比叡の山をただの山にしてしまったのだ。比叡山の僧兵は散り散りになり、 寺は解体された。あの傲慢な延暦寺が、たった一日で消えたのだ。 京雀は震え上がった。 だが、民の暮らしは良くなった。今の比叡山は尼子の管理下にあり、何人たりとも入ることはできない。延暦寺の財は尼子と六角が差し押さえた。いきおい大津から米を始めとするあらゆる物が流れ込んでくる。一気に京の町は活気に満ちた。

 以前は毎朝、道端に転がる死体を見ない日はなかった。
 飢えて死んだ者、病で死んだ者、争いで殺された者。
 それが当たり前の光景だった。
 だが今は違う。
 野ざらしの死体が京から消えたのだ。
 これが尼子の統治だ。

 今、山城屋が扱う物の中で一番人気が高いのは『布団』だ。
 八雲では武家、公家の殆どは夜着を使わず布団で寝るという。民百姓が買える廉価版もあり、これも入荷するなり直ぐに売れてしまう。儂も使っているので分かる。寒さを感じずに冬に寝れるなど、まったく信じられない。一度布団を使うともう夜着などにくるまって寝るなんてことはバカのすることだと思ってしまう。
 三条公頼様が親しい公家に贈ったそうで、もらった公家が泣いて喜んだという。その話がどんどん広がり、今や京の公家が競って手に入れようと必死になっている。上京の店を開けるとまっさきに聞かれるのが布団はあるかだ。
あと下京ではモンペが飛ぶように売れる。女どもがやって来ては買って帰る。大人気だ。種類も多い。農作業に着るものと、町歩きに着るものと、大体二着買って帰る。八雲で流行った服が京に流れ込んでくるのだ。まったく八雲の恐ろしさよ。常に新しきものが生まれ流行る。今や女達は公家も武士も町民も八雲の報せをいち早く手に入れるためあの手この手を尽くしている。そんな流行りを山城屋が京で売る。ああ、商人冥利に尽きる。
城に入城し、城主謁見の間にて将軍山城城主、三沢為清様の前で平伏する。
「長谷川宗仁殿、ご苦労である。では、沙汰を言い渡す。本日を持って長谷川宗仁を尼子家配下商家、山城屋二代目当主とする。これからも尼子に仕え、尼子家繁栄のため粉骨砕身せよ」
「ははっ、この長谷川宗仁。さらなる富を尼子様にもたらす所存にございます」
「うむ、よろしくたのむぞ」
 先代様に取り入り山城屋に雇われ、上京の店を任されるに至った。そしてその時分から先代様の体の調子が悪くなっていった。身寄りがおらぬ先代様は、儂を見込んで山城屋を任すことを出雲守様に申し出てくれた。なんとこの儂が飛ぶ鳥落とす勢いの、尼子の政商の一人になれるとは。有り難く、身が引き締まる。京の町衆とも更に繋がりを強めることも出来る。お互いに良き関係を築くことも出来よう。

 無事事は済んだと、先代様に報告した後、とんでもない来客が訪れた。
「旦那様、堺の今井宗久はんがお見えどす」
 これは…当主になった途端この状況。儂は誠に運だけは一番じゃな。


※長谷川宗仁 第103話にて初登場

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