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「おれたちのためのものではない」と感じる、ということ。

政治に異を唱える。
権利を訴える。
素晴らしいことだ。そして、それが切実であることも分かる。
きっとわかっている。なぜなら半笑いの人間はそこには居ない。
わかっている。わかっている。

だのに、心のよどみが否定する。冷笑する。悪罵する。
なぜなら、それらは「おれたちのためのもの」ではないから。

おれたちは弱い男性だ。しかしその強さ弱さの軸というのは、おれたちが否定せねばならないものだった。なぜなら、それこそがおれたちを苦しめているからだ。

わかっている。わかっている。だけど今さらぬけだせない。
嫉妬。侮蔑。それらがもたらす断続的な、麻薬的快楽。
わかっている。射精のたび画面の向こうのさらに向こう側で誰かが差別され、あるいはもっとひどく、人命が失われている。

ひどいことだ。
ひどい奴らに違いない、おれたちは。
じゃあ、そんなひどい奴らは「あんたたち」には入らないのか。
だったらおれたちは、そっち側にはいかない。
おれたちは輝かなくていい。
最低なままでいい。
おれたちじゃなくなるぐらいなら。

おれたちがみじめなままの世界しか、認められないなら。
女性蔑視。差別。学歴コンプレックス。醜い容姿による劣等感。
もっと根本的な、なにか。
そんなおれたちのありのままを、いまさら変えられないありのままを変えてくれないなら。変えなくてもいい、光を当ててくれないなら。

いくらでも、爆弾が落ちてしまえばいい。
知ったことか。



おれのそばには、いつだって「そいつ」がいる。
上記の思考が横たわっている。
だけどおれはそうはならない。

だから今日も、光を浴びながら苦虫をかみつぶして選挙に行き、署名をしている。

影がなければ光もないと、光の側が気付いてくれて、その結果、光も影も消そうとする連中に対抗する、大きな一つの群れができあがることを信じて。

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