「あれは……そうだな。ぼくが8つくらいだったかな?
くおんさんとふたりで田舎に帰った時」
「……は?」
「いやそれいくつの時や」
「静かで空気がきれいでいいところだったんだけど、その分山と田んぼ以外何もないところでさ」
「ちょっと!しっかりしなさいよ!」
「まテ、もウ少し喋らセテみよウ!」
「ぼくはあんまり外を遊び回るタイプじゃなくて、家の中で本でも読んでる方が好きだったから、それはさほど苦にはならなかったんだけど、三泊目ともなると持ってきた本も読み終えてしまっててさ。テレビもあまり映らないところだったしね」
「やっぱりちょっと変よ止めた方が」
「ダメだよ!もう少し聞かせてよ!」
「流石にもう一緒にお風呂に入るトシじゃなかったから、ひとりでお風呂使って、ああ、檜のきれいなお風呂だったっけ。
……それでまあ風呂上がりに退屈になって家の中をうろうろしてたんだよね」
「いまちょっと聞き捨てならないこと言ってたような気がするんだけど」
「そしたらさ……あれ、縁側に誰かいるなって思って、そこまで行ったら、……くおんさんがいたんだ」
「おっ!」
「座リたマえ」
「お風呂上がりだったんだろうな、白地に薄水色の朝顔の模様の、夏らしい浴衣着てて、よく似合ってた」
「……これ黙って聞いてていいやつなの?」
「くおんさんもぼくに気づいたみたいで、「いらっしゃい」って手招きされてそこまで行ったら、縁側に腰掛けて、庭を眺めながらサイダー飲んでた。くおんさんもまだ未成年だったしね。
くおんさんの浴衣姿にちょっとドキッとしちゃったのがちょっと恥ずかしかったんだけど、くおんさんはなんだかいつもより楽しそうで、縁側を指でとんとんってして、ここに、って示されたから、その隣に座らせてもらって」
「ねぇ、やっぱりいちど医者に見せた方が……」
「ダメだったら!」
「くおんさんはさ、昼間からぼくが退屈してるんじゃないかって心配してたみたいなんだよね。
「わたしに付き合わせてしまってごめんなさい、退屈だったでしょう?」って聞かれたから、ぼくは
「そんなことないよ、くおんさんと一緒ならぼくは大丈夫」って答えたんだ」
「むおおお!」
「ちょっといきなり大声出さないでよ怖いわね」
「それでちゃんと伝わったかはわからないけど、くおんさんは
「そう」とだけ言って、
湯呑みにサイダーを入れて、飲んでいいよ、って渡してくれた。
普段は寝る前に甘い飲み物とかあんまり飲む習慣がなかったから、その良く冷えたサイダーが新鮮で、おいしくってさあ。
ふたりで並んでサイダーを飲んで、
「おいしいね」
「たまにはこういうのもいいですね」
ってやり取りして、それでくおんさんが庭を指して、
「ほら、見て」って楽しそうに言うから、庭に目を向けてみたら、真っ暗で風もない庭に、蛍がすぅって、青白く光っていて、それが、六つか七つくらい飛んでたんだ。
何とも言えない新鮮で不思議な光景で、別の世界を覗き込んでるみたいな気分だったね。
くおんさんが、小さな声で、蛍のうた歌ってくれてさ。
ほら「ほ、ほ、ほーたる来い、こっちのお水は甘いぞ」ってやつ。
くおんさん、どんな顔でこれ見てるんだろ、と思ってそっちに顔を向けたら、くおんさんがなんだか寂しそうに、でもやさしく笑ってて、ぼくも兄さんに教えてもらって、蛍って1週間くらいの命なんだってことはもう知ってたから、それを思い出すと、
「ああ、来年またここにくおんさんと来ることはあるかもしれないけど、その時の自分はひとつ歳を取ってて、その時ここに蛍はいるかもしれないけど違う蛍なんだな」って、
なんとなくくおんさんと同じ気持ちでいるような気分になったんだ。
ちょっと
「去年の夏は兄さんと一緒だったけど、兄さんもいなくなってしまったし、くおんさんとも、ずっとは一緒にいられないのかな」
とかそんなことも考えてしまってさ。
なんとなく、それくらいしか言葉が出なくて「……蛍、きれいだね」って言ったら、
くおんさんは
「一生懸命、輝いているんですよ」
って言って、それきり黙っちゃったから、ぼくも余計なこと言いたくなくて、ただ、この時間がずっと続けばいいのに、って思いながら、隣にくおんさんが座ってる息遣いを感じながら、蛍が飛ぶのを黙って眺めてたんだ。
でもやっぱりそんなことはなくって、サイダーも飲み終えちゃって、もう夜風もすこし冷たくなってきて、それじゃ、もう寝ましょうね、ってお開きにすることになったんだけどさ。
いや、それがね。
その時小さく
「……けぷっ」
って声が聞こえて、見たらくおんさんが恥ずかしそうに口元抑えててね?
ぼくの視線に気づいたら、耳を薄く赤く染めて、
「……んっ……笑わないで、くださいね?」……って、困ったみたいな顔で言うんだよね。
咄嗟にぼくも戸惑って
「なんだいまの、げっぷか?サイダー飲んだから?でもあんなかわいいげっぷなんかあるか?」
と考えたんだけど、結局
「あんなかわいいげっぷはないし、くおんさんがげっぷなんかするわけないよな」
って結論になったから、
「うん、笑わない」
と、そう答えたら、あれは照れ隠しだったのかな、ふふって笑って、それじゃ、もうお布団に行きましょうね。……って、手を引いてくれて。
もう真っ暗になった廊下を、2人で歩いていたら、くおんさんの手のひらだけがあったかくて。
「……このひとと一緒なら、この手を離さなければ、きっと大丈夫だ」
……そう思ったんだ。
まあ結局ぼくはこんなやつになっちゃったんだけど……
その時そう思ったことを、ふと思い出したよ」
「……う、うん……」
「よかった……のかなあ?」
「……さて、すっかり長話しちゃったな。
この話はこれでおしまい。
ああ、そろそろ夕食の支度をしないとね。
そこにあるエプロンとメイドキャップを取ってくれないか?」
「あ……アあ、こ、こレでいいか?」
「ありがとうびゃくや。……と、くおんさんがおかえりみたいだ。出迎えに行ってくるよ。
あ、そうだびゃくや」
「……なンだ?」
「嘘は……良くないよな?」
「ン……?あ、あ、そウダな?」
「……おかえりなさい、くおんさん」
「ただいま、昴一郎さん」