2度目の、誕生日プレゼントに、悩む。
去年は、七輪を贈った。
ナギサちゃんは焼き魚が好きだし、手軽に死ねるから。
今年は、何を渡すべき?
毎日記憶を失う彼女に贈る、人生最後の、誕生日プレゼント。
相談できる友人は、いない。
自らの脳ミソだけが頼りだ。
「ナギサちゃんなら、なんでも喜ぶんだろうけど」
だからこそ、悩む。
純粋に甘えられるほど、プライドを捨てられない。
――そもそもさぁ。私が最後の誕生日を消費していいの?
ふと、自分の声が、聞こえた。
――産みの親と過ごした方が、自然じゃない?
頭の中で、反響する。
冬の水道みたいに、冷たい声。
――今すぐ、離れた方がいい。どうせ、忘れられるんだよ。
「……うるさい」
考えない。
私はただ、毎日を噛みしめて、蜜月を味わうだけ。
ナギサちゃんと一緒に死ねないなら、ひとりで身投げすればいい。
気を取り直して、駅前へ向かう。
デパートやアクセサリーショップ、雑貨店。思いつく限りの店舗を、物色した。
「……うーん。しっくりこない」
目につくものが全部、色あせて見える。
正直、悩む時間がもったいない。
ナギサちゃんの|顔《かんばせ》を鑑賞した方が有意義だ。
同時に、一生|忘れない《・・・・》誕生日プレゼントを贈りたい情熱も、灯っている。
「……そうだ」
現実で巡り合えないなら、ネットだ。
スマホで検索し、上から閲覧する。
内容は、無難そのもの。
私でも、思いつくアイディアばかりだ。
あくびを掻きながら、スクロールしていると、ひとつの画像に目がひかれた。
アニメやゲームで頻出するシチュエーション。
自分自身を、プレゼントする。
私はもう、ナギサちゃんと運命共同体だ。でも、|アレ《・・》を加えれば……。
「うん。これなら喜んでくれそう」
早速、文房具店で、ひとつだけ買い物をした。
誕生日を迎えた。ナギサちゃんは、戸惑っている。
彼女の脳内では、まだ10月。文化祭が終わったばかりの感覚だ。
「誕生日おめでとー」
「ありがとうございます」
ケーキを前にしても、彼女の顔に陰りが見えた。
記憶喪失の件は、すぐに伝えてある。
食卓に広がる料理は、オードブル。
高級ホテルに頼んだ逸品で、部屋の雰囲気も華やかに変わる。
「どう?」
「はい。おいしいです」
淡々と、食事が続く。
ナギサちゃんは、育ちがいい。常に黙食で、丁寧に食べる。
自然と、私も静かに|咀嚼《そしゃく》した。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
食べっぷりから、本当の言葉だと分析できた。
直近は食が細かったから、目尻が下がる。
「それでね。プレゼントなんだけど」
「楽しみです」
「うん。期待しててね」
立ち上がり、目を閉じる。
私の指が、シャツのボタンを1個1個外した。
ショーツもブラジャーも、床に落ちる。
さらけ出した、醜い体。
お嬢様の喉から、音が鳴った。
「何してるの、ですか?」
私が手渡した物品は、|油性マーカー《・・・・・・》のセット。
見目麗しい瞳を見据えて、囁く。
「ねえ、ナギサちゃん。私の体に、書いて」
「何を……ですか?」
「思い出とか、好きなところとか。なんでも」
「え、理解、できませんよ……?」
「これが、誕生日プレゼント」
「……これが」
「うん。それで、写真を撮るの。アルバムに加工するから、受け取ってくれる?」
返事は、聞こえなかった。
ただ、響く。
心臓の早鐘と、キャップを開ける音。
「……ん」
ベッドの上で。
私は、されるがままだった。
指の先から、胸。ふともも。腰。耳に至るまで、想いを、書きつけられる。
「文化祭の劇、覚えてますか?」
「うん」
「本当に首を噛むなんて、思いも寄りませんでした」
「ごめんね」
「ちゃんと、書いておきますから」
口元に、ペン先が走った。
「あたし、恵巳さんのおへそ、大好きなんです」
「そうなの?」
「形がよくて、かわいいです」
「恥ずかしいよ」
「ああ。足の小指もいいし、肩のほくろも素敵……」
ナギサちゃんの瞳が、ギラついている。
私はキャンバスに徹した。
2時間経過して、ようやく、マーカーが置かれる。
「恵巳さん、鏡を見てください」
「……うわぁ」
体中に、文字。
多彩な色ペンで、情緒豊かな絵日記が描かれている。
「じゃあ、写真、撮りますね」
「……うん」
部屋の中で何十回と繰り返される、シャッター音。
体の隅々まで、画像データとして、収められていく。
「これで、終わりです」
「……うん」
ああ。
私の体、ナギサちゃんに、染まり切っちゃった。
余韻に浸っていると、衣擦れ音が、耳に入る。
顔を上げると、薄桃色のブラジャーが、さらけ出されていた。
「恵巳さん、あたしにも、お願いします」
「え? これって、ナギサちゃんへの誕生日プレゼントだから……」
「あたしにとっては、どっちもご褒美ですから」
「……ご褒美、なんだ」
「お願い、します」
「……うん」
ナギサちゃんの体は、細い。
私よりも、書ける箇所は少ない。首から下は緑のイバラ痣まみれだから、尚更だ。
雪の肌を、慎重に、汚していく。
最初は柔軟な表面に書くのに、苦労した。コツを掴んでからは、夢中で記す。
出会い。
受験勉強。
入学式。
プールでの、首絞め。
誕生日パーティー。
文化祭。
もっと。
もっと。
もっと。
一字すら圧縮して、書き切った。
鏡の前に立つ、ナギサちゃん。瞳は蕩けていた。
「……ふふふ。恵巳さんの字、あったかいです」
「そう、かな」
「丸くて、自由で、かわいいです」
「下手なだけだよ」
「ふふふ。味があります」
写真に収めると、時針が2時を指していた。
残るは、最後の工程。
「ちょうどいい時間ですし、行きましょう」
「……うん」
長袖を着て、マスクを被る。
手を握りながら向かったのは、コンビニだ。
「いらっしゃいませー」
店員の声に、体が過剰に反応する。
客は、私たちだけ。
早足で、印刷機に向かう。
お金を投入すると、機械音が響いた。
出力されたのは、想いを刻まれた、ふたりの肌。
枚数が多くて、時間がかかる。
今の姿を、見られたら……。
握った手の中で、冷や汗が、混じりあった。
辞書のような写真を抱え、不審な視線から逃げるように、家へ戻る。
アルバムブックに入れると、完成した。
世界でたったひとつの、誕生日プレゼント。
我が子のように表紙を撫で、ナギサちゃんに手渡す。
「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとう……ございます」
抱きしめる姿をみつめるだけで、胸が満たされて、笑みがこぼれる。
「今日のこと、あたしの脳が忘れても、体は覚えています」
「……うん」
「だから、安心してください」
「…………うん」
次の朝。
起きたのは、誕生日の長夜を忘れた、ナギサちゃん。
事情を説明せずに、アルバムを見せると、彼女の顔は、朗らかに、弾けた。