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改稿前原稿保管庫 第28話 染めた【薔薇食む】

 2度目の、誕生日プレゼントに、悩む。

 去年は、七輪を贈った。
 ナギサちゃんは焼き魚が好きだし、手軽に死ねるから。

 今年は、何を渡すべき?

 毎日記憶を失う彼女に贈る、人生最後の、誕生日プレゼント。

 相談できる友人は、いない。
 自らの脳ミソだけが頼りだ。


「ナギサちゃんなら、なんでも喜ぶんだろうけど」


 だからこそ、悩む。
 純粋に甘えられるほど、プライドを捨てられない。


――そもそもさぁ。私が最後の誕生日を消費していいの?


 ふと、自分の声が、聞こえた。


――産みの親と過ごした方が、自然じゃない?


 頭の中で、反響する。
 冬の水道みたいに、冷たい声。


――今すぐ、離れた方がいい。どうせ、忘れられるんだよ。


「……うるさい」


 考えない。
 私はただ、毎日を噛みしめて、蜜月を味わうだけ。

 ナギサちゃんと一緒に死ねないなら、ひとりで身投げすればいい。

 気を取り直して、駅前へ向かう。
 デパートやアクセサリーショップ、雑貨店。思いつく限りの店舗を、物色した。


「……うーん。しっくりこない」

 
 目につくものが全部、色あせて見える。

 正直、悩む時間がもったいない。
 ナギサちゃんの|顔《かんばせ》を鑑賞した方が有意義だ。

 同時に、一生|忘れない《・・・・》誕生日プレゼントを贈りたい情熱も、灯っている。


「……そうだ」


 現実で巡り合えないなら、ネットだ。
 スマホで検索し、上から閲覧する。

 内容は、無難そのもの。
 私でも、思いつくアイディアばかりだ。

 あくびを掻きながら、スクロールしていると、ひとつの画像に目がひかれた。

 アニメやゲームで頻出するシチュエーション。
 自分自身を、プレゼントする。

 私はもう、ナギサちゃんと運命共同体だ。でも、|アレ《・・》を加えれば……。


「うん。これなら喜んでくれそう」
 

 早速、文房具店で、ひとつだけ買い物をした。


 


 誕生日を迎えた。ナギサちゃんは、戸惑っている。
 彼女の脳内では、まだ10月。文化祭が終わったばかりの感覚だ。


「誕生日おめでとー」
「ありがとうございます」


 ケーキを前にしても、彼女の顔に陰りが見えた。
 記憶喪失の件は、すぐに伝えてある。

 食卓に広がる料理は、オードブル。
 高級ホテルに頼んだ逸品で、部屋の雰囲気も華やかに変わる。


「どう?」
「はい。おいしいです」


 淡々と、食事が続く。
 ナギサちゃんは、育ちがいい。常に黙食で、丁寧に食べる。
 自然と、私も静かに|咀嚼《そしゃく》した。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 食べっぷりから、本当の言葉だと分析できた。
 直近は食が細かったから、目尻が下がる。


「それでね。プレゼントなんだけど」
「楽しみです」
「うん。期待しててね」


 立ち上がり、目を閉じる。
 私の指が、シャツのボタンを1個1個外した。

 ショーツもブラジャーも、床に落ちる。

 さらけ出した、醜い体。

 お嬢様の喉から、音が鳴った。


「何してるの、ですか?」


 私が手渡した物品は、|油性マーカー《・・・・・・》のセット。
 見目麗しい瞳を見据えて、囁く。


「ねえ、ナギサちゃん。私の体に、書いて」
「何を……ですか?」
「思い出とか、好きなところとか。なんでも」
「え、理解、できませんよ……?」
「これが、誕生日プレゼント」
「……これが」
「うん。それで、写真を撮るの。アルバムに加工するから、受け取ってくれる?」


 返事は、聞こえなかった。
 ただ、響く。
 心臓の早鐘と、キャップを開ける音。


「……ん」

 
 ベッドの上で。
 私は、されるがままだった。

 指の先から、胸。ふともも。腰。耳に至るまで、想いを、書きつけられる。


「文化祭の劇、覚えてますか?」
「うん」
「本当に首を噛むなんて、思いも寄りませんでした」
「ごめんね」
「ちゃんと、書いておきますから」


 口元に、ペン先が走った。


「あたし、恵巳さんのおへそ、大好きなんです」
「そうなの?」
「形がよくて、かわいいです」
「恥ずかしいよ」
「ああ。足の小指もいいし、肩のほくろも素敵……」


 ナギサちゃんの瞳が、ギラついている。
 私はキャンバスに徹した。

 2時間経過して、ようやく、マーカーが置かれる。


「恵巳さん、鏡を見てください」
「……うわぁ」


 体中に、文字。
 多彩な色ペンで、情緒豊かな絵日記が描かれている。


「じゃあ、写真、撮りますね」
「……うん」


 部屋の中で何十回と繰り返される、シャッター音。
 体の隅々まで、画像データとして、収められていく。


「これで、終わりです」
「……うん」


 ああ。
 私の体、ナギサちゃんに、染まり切っちゃった。

 余韻に浸っていると、衣擦れ音が、耳に入る。
 顔を上げると、薄桃色のブラジャーが、さらけ出されていた。


「恵巳さん、あたしにも、お願いします」
「え? これって、ナギサちゃんへの誕生日プレゼントだから……」
「あたしにとっては、どっちもご褒美ですから」
「……ご褒美、なんだ」
「お願い、します」
「……うん」


 ナギサちゃんの体は、細い。
 私よりも、書ける箇所は少ない。首から下は緑のイバラ痣まみれだから、尚更だ。

 雪の肌を、慎重に、汚していく。

 最初は柔軟な表面に書くのに、苦労した。コツを掴んでからは、夢中で記す。

 出会い。
 受験勉強。
 入学式。
 プールでの、首絞め。
 誕生日パーティー。
 文化祭。

 もっと。
 もっと。
 もっと。

 一字すら圧縮して、書き切った。

 鏡の前に立つ、ナギサちゃん。瞳は蕩けていた。


「……ふふふ。恵巳さんの字、あったかいです」
「そう、かな」
「丸くて、自由で、かわいいです」
「下手なだけだよ」
「ふふふ。味があります」


 写真に収めると、時針が2時を指していた。
 残るは、最後の工程。


「ちょうどいい時間ですし、行きましょう」
「……うん」


 長袖を着て、マスクを被る。
 手を握りながら向かったのは、コンビニだ。


「いらっしゃいませー」


 店員の声に、体が過剰に反応する。
 客は、私たちだけ。
 早足で、印刷機に向かう。

 お金を投入すると、機械音が響いた。

 出力されたのは、想いを刻まれた、ふたりの肌。
 枚数が多くて、時間がかかる。

 今の姿を、見られたら……。

 握った手の中で、冷や汗が、混じりあった。

 辞書のような写真を抱え、不審な視線から逃げるように、家へ戻る。

 アルバムブックに入れると、完成した。
 世界でたったひとつの、誕生日プレゼント。

 我が子のように表紙を撫で、ナギサちゃんに手渡す。


「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとう……ございます」


 抱きしめる姿をみつめるだけで、胸が満たされて、笑みがこぼれる。


「今日のこと、あたしの脳が忘れても、体は覚えています」
「……うん」
「だから、安心してください」
「…………うん」


 次の朝。
 起きたのは、誕生日の長夜を忘れた、ナギサちゃん。
 事情を説明せずに、アルバムを見せると、彼女の顔は、朗らかに、弾けた。

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