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雨は夜更け過ぎても雨だった話。



 今年のクリスマスイヴは朝から雨、クリスマス当日も雨、というお天気でした。冬の雨はクソ寒いので萎えますね。


 さて、25日22時の更新分で、「焼け野が原でオーロラを」完結となりました。
 わざわざクリスマスに公開する内容じゃないだろう、って感じですけどね!!!
 なのに、「むしろクリスマスにぶつけたろ!」って発想に行き着きましてね!
 わはははは!!!
  (※こういうことやるタイプの作者です。ごめんなさい。)

 
 ここからは、まぁぐだぐだとした話なので、お好きなところでブラウザバックしてください。

 私は、制作中は何かしら、音楽を聴きながら書くことが多いです。
 この作品は、言ってしまうとCoccoさんの「焼け野が原」という曲を聴いて、プロットを作り始めました。(参照→ https://youtu.be/IJKToI3sK0M?si=3fQSqxvG2XstIejv)
 
 なのでタイトルは「焼け野原」ではなく「焼け野が原」。「焼け野原」という言葉に「が」が入ると、少し雰囲気変わりますよね。

 「焼け野が原」を聴いて書きました、って言うと、オチが連想されてしまいそうだな……と思って、今日まで誰にも言ってなかったのでした。
 この「焼け野が原」をCoccoさんがMステで歌った時、たまたまリアルタイムで見ていまして。
 この日は、Coccoさんが活動休止する前の最後のテレビ出演でした。
 圧巻のパフォーマンスで「焼け野が原」を歌い終わった後、裸足でスタジオを走り去っていくCoccoさんの姿は、いまだに脳裏に焼き付いてます。(なお、現在は活動再開されてます。)
 
 そして、最終話である16話は、B'zの「SNOW」という曲を聴きながら書きました。
 「SNOW」も、アルバム曲でメジャーじゃないけど、いい歌なので、ぜひ。
 YouTubeには、公式があげてる動画はなかった……(「FRIENDS Ⅱ」「The Ballads ~Love & B'z~」ってアルバムに収録されてます。と、隙あらば宣伝)。
 
 稲葉さんがファルセットで歌い上げる「孤独」が、ザクザク刺してくる一曲です。
 これもまた、ネタバレになるかな、と思ったから言えなかったヤツです。
 
 この話の中盤あたりは、サカナクションの「怪獣」を聴いてましたね。(参照→ https://youtu.be/a8dgNdJVluc?si=IzDiUJjVvbt0OZ-N)
 
 ちなんだ曲、というところで言えば、みちるというキャラはシリーズ通して、女王蜂の「鉄壁」(参照→ https://youtu.be/js5Kl9FGCn8?si=P-FHaD7vzV3Q1XGx)を聴いて、キャラの肉付けしていきました。
 彼女は、自分にひどい顔をさせているのは自分自身、と言い聞かせているタイプ。
 サイズの合わないヒールを履いていても、崖の上でも、背筋を伸ばして歩くイメージ。分不相応な立ち位置に、背伸びして合わせにいく人。
 
 梟は、「梟の佇む夜の果て(旧題「マイ・ファニー〜」)」の時はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調第一楽章」でした。
 で、「焼け野が原〜」の梟は、THE YELLOW MONKEYの「DEAR FEELING」(参照→ https://youtu.be/vShXWpBLbPM?si=J3P7dG2rA8BVjPYe)が合うなと思った。
 これに関しては、その時たまたま聴いていたから、そう思っただけなんですけどね。
 
 もとはと言えば、梟というキャラは「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調第一楽章」に合わせて狙撃するなんてシーンを書いたら、カッコ良さそ〜! みたいなイメージから出発したはずなんだけども、結局そんなシーンは生まれなかったという。
 (なんでそこまでイメージできてたのに書かなかったんだ、と今さら思うけど。)
 
 
 作品のモチーフに関して。
 シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は、若い恋人たちの、行き違った恋の話でして。
 そして「焼け野が原〜」は、周りの手助けが間に合わず、本人たちのそれまでの所業のツケが回ってくるという、最悪なピタゴラスイッチ状態になった二人の話。
 本歌取りとは言えないけども、「間に合わない」「相手の意図と違うことをする」要素は意識しました。
 シェイクスピア作品の台詞からサブタイトルをつけたりしたんですが、最終話のサブタイトルは「リア王」の台詞から使わせてもらいました。
 この一節のフレーズの強さは、さすがシェイクスピア……と思いましたね。
 五回に及ぶ「Never」の繰り返しは、狂気の中でのリア王の悲痛な叫び。
 これは、最終話にどうしても使いたい、と思ったフレーズ。
 
 他に使ったモチーフといえば、雪。
 雪を「閉塞感」「追い詰めてくるもの」の象徴みたいに書きましたが、私自身は南関東育ちなので、雪を見るとテンション上がります。(南関東の雪は、水分が多くてべちゃべちゃですけどね。)
 連載を始めた時は9月で、しかも今年の夏は全然終わらなくて、この話の季節外れ感すごいな……と思いながら公開予約設定していた記憶。
 ちょっとしたら涼しいどころか寒くなって、それっぽい季節感になりましたけど。
 
 話に盛り込もうとして見送ったネタも、いくつかあります。たとえば、オーロラにまつわる逸話。
 オーロラって、北欧神話ではワルキューレ(戦乙女)が戦死した兵士を迎えにくる時に出現する、という話があって。
 なかなか話の中身に合ってるな、と思ったんですが、やっぱりネタバレすぎて見送りました。

 

 さて、ここからは、みちると梟の関係性について、少し掘り下げてみようと思います。
 
 この二人は、恋愛感情をすっ飛ばして、一心同体と化している、というイメージです。
 お互いに世話を焼くけど、保護者と被保護者という立場ではない。最後まで、他人として一線引いてきた。
 一番近い他人、という便利で都合の良い関係性。
 
 みちるは、強固で透明な壁を作っている梟との距離感に、すっかり安心しきっていた節があります。お互い、馴れ合いと干渉を嫌う人なので。
 でも、その壁のせいで、近寄りたくても近寄れない。ヤマアラシのジレンマ。
 
 とはいえ、みちるが梟のことを「友達」と呼び続けたのは、本心からだっただろう、と。
 そして、梟が最も気を許したのは、最後までみちるだけだったと思う。

 結局のところ、これを愛とか恋とかと呼ぶのかは、読んだ人にお任せします。
 公開した時点で、どう読まれるかは読み手様にお任せしています。


 
 ここから先は、私の個人的な語りです。
 このシリーズの登場人物には、割と手厳しい対応をしまくってる自覚はあるんですが、主人公たちに対しても、それは発動しました。
 
 身勝手に暴れてきたあの二人の結末が、そんな美しい着地になるわけないよ、と。

 この作品の登場人物みんな、褒められるようなことしてないのでね。
 真人間のフリをしているけど、やってきたことは、常に誰かを踏み躙ってきた。
 ゆえに全員、孤独なわけで。
 この話は、全て因果応報になる。
 
 望まない形の終わりであっても仕方ない、と思っているはずの人たちなのでね。
 
 だから、このエンディングは、私の中ではすんなり納得するんだけども、じゃあこのオチがweb小説ってフィールドで、広く受け入れられるものかというと、ちょっと違うかもしれないな、と。
 
 まぁそもそも、こんなごちゃごちゃ要素の多い話は、気軽に読めないよって人も多いですからね。
 それでも、いわゆる三話切りしなかったあなた様は、最高の読者なのです。

 万人受けはしないだろうけど、私はきっとこれからも、書くんですよ。
 ごちゃごちゃと要素の多い話を。序盤ゆっくりで、読み手を選ぶ話を。
 好きなものを好きなように書く、と決めて突っ走ってきましたから。

 みちると梟の話は書いてて、めちゃくちゃ楽しかったんです。
 なので、名残惜しい気持ちはまだあります。
 でも、この終わりが決まった時点で、ちゃんと終わらせようと思ったので、後悔はあんまりない。
 そしてこの終わり方で納得しています。
 (とか言いつつ、両者生存ルートも書いてはみた。でも並べて見た時、なんか違うな、と思ってお蔵入りした。やっぱり、この終わりに向かって書いてきたんだな……と再認識したり。)
 
 と、長々と語ってしまい、申し訳ありませんでした。
 ここまでお読みいただいた方へ、最大限の感謝を込めて。
 
 ここまで読んでくださった方は、明日からツキまくって、宝くじが当たります。(※ジョークです。)

 
 ここまで読んでくださったあなたへ、感謝と親愛を。
 すべての幸いが、あなたへ降り注ぎますように。

 本当に、ありがとうございました。


 

 

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