翔吾と夕月をユーフォ◯アみたいな部屋に閉じ込めてみた。
2200文字くらいです。
こんな物書いてないで連載の続きを書けばいいのに!
「どこだ、ここ……」
翔吾は見慣れないベッドの上で目を覚ました。
白い壁、白い天井。家具は今いるベッドのみ。
いつもの夕月の部屋ではない。
隣には、私服の夕月が眠っている。
「……ラブホ?」
何故ここにいるのか、全く記憶がない。
いつも通り大学を出て、駐輪場に向かって、そこでぶっつり記憶が途切れている。
酒を飲んだ記憶も、夕月と合流した記憶すらなかった。
「夕月、夕月起きて」
気持ちよさそうに眠っている夕月の肩を揺すると、少しの間があって、目が開いた。
「……翔吾?怖い顔して、どうしたの…?」
寝起きのぼんやりした目が合う。見た限り普通だ。
「気持ち悪かったり、どっか痛かったりする?」
「ううん」
翔吾自身もそうだが、記憶が飛ぶ程殴られたり、妙な薬を使われた訳では無さそうだ。
「じゃあさ、ここどこかわかる?」
夕月はゆっくり瞬いて辺りを見回した。
白い壁、天井、ドアすらない。
「……ここどこ!!?」
「やっぱりか……」
頭を抱えた時、ポンッと音がした。
2人が座っているベッドの頭側の壁に2段の文字が浮かび上がっていた。
『地球人の番さん 当選おめでとう』
『しないと出られない部屋』
下段の文字列の前に幾つかの文字がルーレットのように切り替わっている。
食事、しりとり、生殖行為、相手の嫌いな所を30個言う、逆立ち、スクワット200回……。
「えっ、やだ怖い……!なんかドッキリとかだよね!?」
ぎりぎり目で追える速度なのがいやらしい。
怯えた様子で夕月が声を上げる。
翔吾は庇うようにその肩を抱いて、壁を睨みつけた。
切り替わる速度が少しずつ遅くなっていく。
「おい、止まるぞ……!」
「やだ……っ」
脇腹にしがみつく夕月の手を感じる。
『本気で殴り合いしないと出られない部屋』
そこで壁の文字は止まった。
ジャジャーン!とまた安っぽい音が鳴り、どれだけ睨んでも変わらない。
「いや、無理だろ……!!」
翔吾は叫んだ。
夕月にどれだけ殴られても構わないが、殴り合うのは絶対無理だ。
「これ、私と翔吾が喧嘩すれば良いってこと……?」
「そんな事しても本当に出られるかわかんねぇだろ」
「そうだけど……」
「いや、無理無理。お互いにって事だろ?絶対ぇ無理」
翔吾はベッドを降りて、近くの壁に触れた。
コンクリートかモルタルか、叩いてみてもぺちぺちと硬い感触が返ってくるだけで、抜けるような薄さを感じない。
どこかに出口がある筈だ。
そうでなければどうやって自分達をここに入れた?
だが、四方の壁はいずれも継ぎ目もなく、同じ硬さだった。
「……翔吾、私のこと殴っても良いよ」
同じように床を調べていた夕月が呟く。振り向くと小さな拳を握っていた。
「馬鹿、大怪我すんぞ」
「でも……」
「……じゃあ、とりあえず夕月が先に殴ってみ?」
「わ、わかった」
夕月が覚悟を決めた顔で近寄ってくる。
翔吾はその拳を掴んだ。掌の中に簡単に収まってしまう。
「待って、それだと怪我する。親指こうして、この辺で当てて」
「……じゃあいくよ?……えい!」
掛け声と共に繰り出された正拳突きがぽこんと腹に当たる。
「痛い……?」
「っく……、さぁな」
──痛ぇ訳無ぇし!
眉を下げた夕月の顔に思わず吹き出しそうになって、慌てて顔を繕った。
「それ、本気?」
「一応。次は翔吾の番だね」
「俺の番って……、しっかり立ってろよ」
翔吾も一応手を握って夕月の肩に当ててみる。
「どう?なんか変わった?」
部屋を見渡しても、特に変化はない。
「殴り合いってさ、もっと……、『クローズ』みたいな感じなんじゃ……」
「冗談じゃねぇよ。死ぬ気かよ」
本当に本気で殴り合ったら、下手をしたら、いや下手をしなくてもそこまで行く。嫌な自信があった。
翔吾の拳は夕月の顔の半分近くある。骨も自分よりずっと細く薄い。
そんな真似をするくらいなら、死んだ方がマシだ。
この部屋がどうやって「本気」を測定しているのか知らないが、形だけでもそれなりの殴り合いをしなくてはいけないのだろうか。
「夕月、俺の顔手届く?」
「と、届くよっ、……え!?やだ!」
頬を膨らませかけた夕月が意図に気付いて青褪める。
「翔吾先叩いて良いよ!」
「俺だって嫌だよ!」
上がった声はもう悲鳴に近かった。
「お前の方が力弱いだろ!手数を多くした方がちゃんと殴り合いに見えるし、俺が多く受ける方が合理的だろ」
見え方の計算をして喧嘩したことなんか無い。
ただ夕月を殴りたくない一心で言い逃れた。
「うぅ……、じゃあ、一回だけね、、」
「思いっきりでいいからな」
夕月が教えた通りに拳を握る。
だがこれが済んだら一度くらいは手を出さないといけない。
腕の先で吹き飛ぶ恋人の姿が嫌でも脳裏に浮かんだ。
何度も触れたするんとした頬、薄い眼窩、柔らかい腹。
殴る?嫌だ。心の底から。
下から狙う夕月が怪我をしないように、唇を引き結ぶ。
衝撃は何故か後頭部に訪れた。
「イッテェ……」
横たわっていたのは、硬いフローリングだった。
自分の部屋の天井。
シーツのズレた掛け布団が足にまとわりついている。
ベッドから落ちた。
理解するまでに多少時間がかかった。
「……夢か」
何とも胸糞悪い夢だった。
9時12分。スマホには帰省している夕月からのメッセージが入っていた。
『明日帰るね!遅くなっちゃうけど、初詣行こうね』
添付された日の出の写真。
相変わらず、1人の夜は碌な夢を見ない。
夕月が帰って来たら、夕月に殴られる夢を見たと話してやろう。
──悪夢は話した方が良いって聞いたしな
その後、帰って来た夕月が翔吾に殴られる夢を見たと話し始め、顔を見合わせる事になるのだった。
初夢って、本当に正夢になるんでしょうか。