花は雪解け、散りゆくことなく
―女へ変わる僕の体と、変わらない君への想い―
https://kakuyomu.jp/works/16818093091230025428 おかげさまで3000PVを超え、皆様からの感想も多くいただいていて、たいへん嬉しいです。ギフトまでいただけて……。心から五体投地で大感謝です。
残すところ、あと12話、1月31日で終話の予定となりまして、あらためてお礼を申し上げます。
冬寂の話としてはめずらしくPVが減衰していなくて、本当に続いて読んでいらっしゃる方が多く、ありがたい限りです。
どうか奏太君と拓真、輝帆さんと舞子先輩、4人の行く末と選択を、これからも見守っていただければと思います。
いつもの長いあとがきは、今回入れないつもりなので、ここで簡単に……。
物語の骨子は、元となったアンソロが雪をテーマにすると聞いてから、男→女へと変わる心情を、冬から春に変わる景色に重ねて描こうと決めていました。これは良かったなと自分でも思っています。
長編化に際しては、できるだけ丁寧に書こうとしました。
冬寂にしては。これでも。ええ。
勤めて努力しているのですが、どうにもせっかちなんですよね…。自分を叱りながらがんばったので、描写がいいと言われるとかなり嬉しくなります。
タイトルは本当に思い付きで、そのあとで物語のキーになる詩が出来ました。これは後ほど話で出てきます。いいシーンだと私は勝手に思ってますので、ぜひ楽しみにしていただけたら……。そのあたりの前後のシーンが、この話で一番最初に産まれたシーンになります。
奏太のお父さんのモデルは、母方の叔母の旦那さんになる方です。この人、漢詩の研究をされていた方で、祖母の家に立派な書がいくつか残っていたのを幼い私は見ていました。自作の漢詩を自筆で書いているんです。びっしりと。すごかったのはいまだに覚えています。叔母も文学系だったらしく、近代文学全集とか持っていました。ふたりとも東大出身で、そこで出会ったと聞かされています。私が登校拒否や家庭環境のせいで、ときたま祖母の家に長くいるときがあったのですが、そのときに叔母の本を読んで過ごしていました。初めて読んだ小説『雪国』も叔母が持っていた本からです。
ふたりとも私が生れる前に自死していて、ずっとそのことを母や祖母から聞かされて私は育ちました。私も身内の死が身近にある環境でした。
執筆中、やっぱりどうしても越後湯沢の実景を見たくなり、2024年秋に越後湯沢へ取材旅行に行きました。突発的に日帰りで行こうとしたら旦那も行くことになり、結局一泊しています。奏太君達が通学に使っている電車に揺られて、六日町の高校あたりなどを実際に散策していました。やっぱり行って良かったです。ここを奏太君が思い詰めながら歩いたのか……とか思うと、なんというか感慨深くて……。聖地巡礼はあ~るの飯田線の旅を当時そのままたどったぐらい筋金入りなのですが、まさか自作の、それもまだできていない小説の聖地巡礼するなんて、なんというかこう、エモかったの一言です。なんとも痛い奴ですね(笑)。
もうひとつ越後湯沢に行って良かったのは、「雪国館」という施設で、川端康成の人となりと、小説『雪国』が作られていく過程を知ることができたことです。雪国は新聞小説だったんですね。それからも何度も改稿されていて、苦労された様子がひしひしとわかったのは、やっぱり私が物書きという目を持ったからかもしれません。『花は雪解け、散りゆくことなく』は、本当はもうちょっと三幕構成に近い構造にしていたのですが、こちらにうかがってから、新聞小説的、朝ドラ的な、「毎話ぐっとくる。それが続いて最後のヤマになる」という構成に直しました。
あと、越後湯沢に行ったからこそ、「登場人物は全員やさしい人」ということになりました。作中に出てくる湯沢高原ロープウェイの乗り場で、雪焼けしたおじいさんがお孫さんと話せるのが嬉しくて早口でいろいろ話している姿を見て、やっぱりこうだよね……と思ってしまったのがいちばんの理由でした。
こういう題材だと、敵となる厳しい人をいれようとしてしまうのですが、そんなのを今回は全没にしています。たとえば十日町の君島家も、奏太君のお母さんへの当たりが強い状況に最初はしていたのですが、実際私も親戚として田舎のこういう席に呼ばれたときがあり、それはそんなに嫌じゃなかったんですよね……。うっ、と思うときはあるのですが、それでも基本はみんな人懐っこい人ばかりで。私の超絶親友に十日町出身の人がいて、やっぱり同じように聞かされていたというのも理由のひとつになりました。
そんなこんなで「登場人物は全員やさしい」ということにしました。書き進めていくと、これはこれでほどよい地獄が召喚されたな……と思いました(笑)。実際、ほとんどの人は争いたくはなくて、できるだけ人にはやさしくしたいのですが、でもその裏側にはいろいろな思いがあり…、というのが本当かなと思っています。私が執筆のテーマにしている「人が持つ泥のような想い」が、まっすぐ書ける構造にもなれたと思っています。
冬寂は執筆の際、必ずBGMを決めているのですが、今回はAimerさんの「星の消えた夜に」です。こんなにぴったりの曲はないよな……と、見つけたときに震えが来ました。仕事が終わって夜中から朝を迎えるまで、がんがん聞いて執筆してました。ぜひ機会がありましたら聞いていただければ。
これからも楽しいものを書いてまいります。ぜひ良い読書ライフを!