「こんにちはピーター。」
ある日の彼は生きていた。
彼は人形のジャック。僕のお気に入りで大好きな人形。
綺麗な薄黄色の髪に、我を擬人化したかのように大きな青い瞳。
「ジャック…?どうして…」
「ピーター。あなたとお話できるようになって嬉しいです。」
「…こちらこそ。僕もとても嬉しいよ。」
動揺や驚きは隠せなかった。だけどそれ以上に大好きな彼と話せる嬉しさが強かった。
しばらくして、気付けば歴は浅いがとっくに親友同士となっていた。
…いや。僕と彼は言語が通じ会う前から親友だった。
彼と一緒に食事をした。
ミートスパゲティを一緒に食べた。
口元に付いた汚れを拭ってあげたら、彼は少し笑って照れくさそうにした。
彼に読書を教えた。彼は「これはいいものですね。」と言った。
その日から彼は本に没頭するようになった。
ある日の事だった。いつものように紅茶を注いだティータイムどきだった。
「ピーター、私はあなたに恋をしているようです。」
ある日彼は言った。
紅茶を少し吹き出して困惑する僕をじっと見つめ、手を差し出し、
「付き合っていただけませんか?」
…と、追い打ちで告白までしてきた。
「…僕のことが好きなの?」
「はい。大好きです。ピーターは私のこと嫌いですか?」
首を傾げて少し悲しげに引きつった笑顔で聴いてきた。
「…嫌いじゃない。むしろ好き。」
「ですよね!なら…」
彼が話し出す前に僕が横切って質問をした。
「…どうしてジャックは僕に恋をしたと思ったの?第一僕は男だよ。」
僕は聴いた。
「本に書いてありましたよ。恋という感情は、愛に近く、他とは違う感情が湧く人に思う気持ちなんだと。」
「なぜ僕が他とは違うと思ったの?」
「特別だと思ったからです。初めての友達。愛とはよくわかりませんが、私が湧いた感情とはこれに近しいと感じました。」
少し悩んだ後、僕は彼に教えた。
「君が僕に湧いている感情はきっと、友情だよ。」
「友情?」
「うん。友情は生きていく中で永遠に切りたくない仲のことを言う。恋情は生涯を共にしたいと思った人を指すよ。」
「だから、恋人とは違うよ。僕らは親友だよ。きっと。」
「うーん。友情と恋情の違いが難しい…これじゃあ美しいの定義がないのと似ていますね…」
その日を境に彼はより僕に興味を持つようになった。
「まさか君と一緒に呼吸ができる日が来るなんて思ってなかったよ。」
「ピーター。私はあなたにとって初めての友達なのでしょう?私とピーターは同じですね。」
「ああ、そうだね。僕には友達なんていない。こんな性格だもの。」
「どうして?こんなに素敵なのに。」
僕の頬に手を置き、上目遣いをしていた。
「君と出会ってから変わったけれど。」
人形が動くのが現実なのだから。
ある晩、ジャックの容態が少しおかしかった。
「ピーター。ごめんなさい。すこし具合が悪いみたい。」
「それじゃあ早めに睡眠を取ろうか。」
いつものように二人で抱き合って眠ろう。
「おやすみなさい。ピーター。」
「うん。おやすみジャック。」
「あの子ったら気味悪い。ただ人形と四六時中話し込んじゃって。紅茶もお菓子も何もかも無駄になったわ。」
「話すわけでも動くわけでもないのに。一方的に話しかけちゃって。」
「もう六歳なのに全く…あの子は本だけ読んでいればいいのよ。」
あの場所が綺麗で幸せな空間だということは、彼らにしか分からない。
事実を見極めればこの部屋が食べ物で散乱していることも、本で足元が見えないことも、
ピーター。彼は永遠に気づくことは無いでしょう。
これでおしまい。