師匠組の昔話的なセルフ二次創作のようなものです。
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手のひらに置かれた小洒落た袋の飾り紐を弄り、途方に暮れる。
ブライグランド王国、ブレストフォードにおいて、ともかく、この近辺の地域では、春の感謝祭である今日という日にこれを若い異性に贈ることは、少々特殊な文脈を持つ。
最も多い例は、男女交際の申し出だ。言わば愛の告白である。
断られることを想定して、単純に好意を伝えるだけ、というのもあると聞く。
また、仲睦まじい夫婦が互いに贈り合うというのも聞く。
一度深呼吸をしよう。
そうだ、平民──特に調術師のような職人──の間ではさして一般的でないが、商人や貴族の若い者の間では、もっと気楽な意図で春の感謝祭に焼き菓子を贈ることが、近年増えてきているらしい、とは聞く。
それは、友人同士や仕事で世話になっている者同士で、感謝の心を伝えるべく交換する、というのものだ。
後者だろう。
***
何故か、無意識のうちに酒場に足を運んでいた。ここに来れば、酔いの回ったうちの常連の冒険者達に絡まれると分かりきっているというのに。
「お! おーい、魔導具屋の……」
「なんだなんだその顔は?」
今日届けなくても良い依頼の調合品を店主に受け渡す。案の定、客の酒臭い男冒険者二人に早速見つかり客席に連行される。
「クッキーを貰った!?」
「はあぁ!? 羨ましい!」
騒がしい酒場の中でも一際響く大声に頭が痛くなる。
「おいおい、お前にもついに春が来たか。祝いに一杯奢ってやろうか?」
「馬鹿、未成年だろ! チッ、ガキがマセやがって羨ましい!」
「んん? まだそんな歳だっけか?」
酒。
返事をする気どころか、しっかりと内容を聞き取る気さえ起きない中で、その言葉がやけに耳に残った。
振り返れば、酒が飲めれば飲んで全て忘れて投げ出してしまいたい心地だったのかもしれない。
ただただ深く息を吐く。
「……おい、なんでそんな困り果てた顔してんだよ! ドキドキ青春イベントだろ!」
「ははーん、さてはすげえ不細工とか、しつこい付き纏い女とか、まあ何らかのヤバい女からだな?」
乱暴に肩を叩かれ、牛乳をグラスに注いだものを粗雑に目の前に置かれる。色々と文句でも言いたいところだが、そんな活力は残っていない。
軽く首を横に振るだけで留めた。
「いや、そういうわけでは……」
「は!? 可愛い子からもらってその態度!? 調子乗ってんじゃねえぞ!?」
「なんだぁ、誰からだ、吐け吐け!」
まさか俺はこいつらに真面目な相談をしようなんて思ったわけではないだろうな?
口元にまで持ってこられた牛乳を、これは酒だと自己暗示をかけて飲み込み、グラスを置いて答える。
「……うちの店の、手伝いに来てる、金髪碧眼の……」
アマリ、と名前を出しても伝わらない事を踏まえ、特徴を挙げる。
「ん? ああ、あの爽やか眼鏡くん?」
「が、どうしたんだよ?」
それで伝わったようだが、その意味は伝わらなかったようで、数秒固まった後に二人揃って首を傾げられる。
「……から、貰った」
続けた言葉に、今度は二人が目を見開いた。
「はあぁ!?」
「……お、おう」
そして、数秒の沈黙が走る。
「そりゃ、ま、驚くなわな」
「待て……、あの眼鏡くん、たしか結構可愛い系の顔してた覚えが……。俺的には男でも可愛ければギリギリモテて羨ましいが勝つ」
「飢えすぎだろ」
何か、というか、性別について誤解があるようだが、訂正する間もなく二人が勝手に盛り上がっていく。
「まあ、なんつーか、その気がないなら、はっきり断ってやるのがせめてもの優しさってやつだな」
「同じ職場でそれは気まずくね?」
「中途半端が一番気まずいぞー。これからも一緒に働くってなると」
「でもよ、こっ酷くフッて辞められたら困るってのもあるだろ」
「それを上手くどうやるかって悩みなんだろ?」
諦めて各々に好きに話させていたところで、二人分の視線が自分に向く。
この流れで何を言えと言うのか。
「……そういう意図で渡されたかどうか、というところから分からない」
自分の中では、そこまで進んだ話ではない。もっと根本的なところから噛み砕けていない。
「えー? 今日渡すってことは普通に告白じゃね?」
「まあ待て、まずは詳しくその時の様子を教えろ。照れてたり、真剣な顔だったり、どうだった?」
目を閉じ振り返る。
仕事終わりに、何かを隠し持ってうろうろと不審な動きをしていたアマリを発見し、何か悩み事でもあるのかと声をかけた。
すると、アマリは猫のように飛び上がり、その後、少々はにかみながら、笑ってこれをくれた。
そして、「たくさん作りすぎたから、師匠と一緒に食べてね」と言った。
許可を貰い、袋から一枚だけ取り出して、齧ってみた。
すると、疲れ切っていた頭と体が突然に楽になった。その感覚は、ポーションなどの魔道具を使用して体力と魔力が補充されている時の感覚だった。
アマリは、「最近疲れてるみたいだったから、効いたのなら良かった」と笑ってみせた。
つまり、これは、調術で作った回復効果のある魔道具のクッキーだ。
それらのことを二人に伝える。
「なんだ、義理も義理じゃねえかよ。練習で出来た失敗作かもな」
「なら向こうもその気なさそうだな。なんだよ、びっくりさせやがって」
安堵したような、肩を落としたような、生暖かい空気がその場に流れた。
「良かった良かっ……」
そういうことだ。
「そうだよな。客観的な意見が欲しかった」
概ねの答えが出て、卓に突っ伏した。
「そう……だよな……」
冷静に情報を整理すれば簡単に出る答えに何故迷ったのか。安堵するより、肩を落とすような心地になるのは何故か。その原因について思い当たる節を深掘りすれば、自己嫌悪で頭痛がする。
不毛な欲だ。
「おお?」
「あ、あー……」
思考を放棄して目を瞑ると、沈黙の後にまた乱暴に肩を叩かれる。
「……お前、お前ぇ!」
「茨の道を行くなぁ、詳しく聞かせろ」
目を開けなくてもどんな表情を向けられているかは察される。
本当に、酒でも飲んで今夜のうちにすべて飲み込んでしまいたい。