二元論で言ってしまえば、究極のリアリティとはノンフィクション、究極のドラマティックとはファンタジーになるんですかね?
フィクションにおけるリアリティとは、サ〇エさん的な?
現実における奇伝とは、神話や美化された王族や支配的な政治家のホラ話とか?ww
たまに、この線引きを考えます。
個人的に主題はぶっ飛んだ題材であるが、脚本部分はリアリティに溢れる作品が大好きで、例えばで言うと「寄生獣」が最高なんです👁👄👃
そもそもに、B級映画のようにコメディが主軸ならばもうなんでも有りなんですが( ´艸`)
シリアスであればこの発想+リアリティとの調合性が求めている自分がいますね(●´ω`●)
あ、これも自分の作品に落とし込めているのか、なんて「お前はできるんかい」みたいな末期的でヤボなことは言わないで下さいね(^_-)-☆日々精進あるのみですからm(__)m
「寄生獣」のリアリティで好きな所は、まずは「人間性」
例えば、キャラ設定として色々とありますでしょうが、最近モヤッとすることが多いのが「人ってそんなに感情的になるか?」です。
特に、まぁ私がINTPの感情論大嫌い人間だからかもしれませんが、例えば初対面の相手に対していきなり怒ったり感情をむき出す人って、現実ではもう引きに引かれて異常者扱いがリアルですよね?\(◎o◎)/!
分かりやすいキャラ設定が先行しすぎて、違和感と不自然を感じることが最近のアニメやドラマを見ていて感じることが多くなってきました(-_-;)
次に「社会性」
さっきの「人間性」も国や文化レベルなどで変わってくるでしょうし、この社会性なんかは如実に違いがあるでしょうが、「寄生獣」において存在が明らかとなった「パラサイト」に対して、日本国家が反応しがちな展開がまたリアリティに溢れているんです(●´ω`●)「だよねー」が満載で、気持ちがよかったんです(●^o^●)
国によっては本当にこの「社会性」は全然違ってくるでしょう。一部の洋画のように、とにかくパニックになったりパニックに便乗した犯罪が横行したりと、まぁ我々の中にあるテンプレのよくある展開はあり得るかもしれませんが、その基準までグローバルではどうやって差別化するのか?とかも考える次第であります。
「想像」と「創造」
「空想」「想定」「予想」「仮説」「理想」
「妄想」「虚構」「盲信」「過信」「幻想」
これらは似ていて全く非なるもの
そして、このバランスと区別を持って、制作と生活をしなければならないと常々思っています(●´ω`●)
最近、スティーブンキングの「ミザリー」を見て、尚更に実感した私でしたwww