ある動画でオタキングさんが言っていたのですが
「速読とは『読んだ気になっているだけ』」
だそうです。
まぁ、速読ってある程度の練習は必要なのはなんとなくわかります(●´ω`●)
オタキングさんの話を要約しちゃうと
ある程度、数多の文脈、文面がまず瞬発的に出てくる必要があるそうで、例えば絵描きさんの基礎のデッサンみたいなものですかね?
先ずはある程度の全体バランスを書いて、輪郭などをハッキリさせていき細部まで書き込む。その基礎が出来ていればどんなポージングでも体格でも、いわゆる”肉付け”は自由に出来ますよね。
そんな感じで、一文の冒頭やケツ、主語部分だけを読んでその前後は頭の中で勝手に構築させて読むことが、いわゆる「速読」、なのでしょうか。
この感覚、ニュースや記事、新聞なんかを読むにはそれでいい気がしますね(●´ω`●)
ただ、小説の、しかも文学系はそうはいかないと思うんです|д゚)
地の文が嫌煙される界隈もそうだと思いますが
会話だけ、もしくは殆どがセリフだけで構築する風習ってのもこういうことだと感じます(;^_^A
なんだか、文学と小説という美学が侵されていっている気がしますね(-_-;)
昔から、オタク差別だとか陰キャへのヘイトが盛んでしたが、現代の文化では殆どが基本、オタクでしょ?
世論だとか流行りって、マジ陰謀みたく感じます( ´艸`)
民主主義を盾に、弱者を盾にしたモノが、変わらずに蠢いている🐜ww
そういうのに左右されていると、呪いがかかりそうな気もしたりしなかったり……
「しょうもんばっかしてっと、ぼうこんがやって来るぞぉ」👻
↑リングの名セリフ 方言