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速読という「虚構」

ある動画でオタキングさんが言っていたのですが
「速読とは『読んだ気になっているだけ』」
だそうです。

まぁ、速読ってある程度の練習は必要なのはなんとなくわかります(●´ω`●)
オタキングさんの話を要約しちゃうと
ある程度、数多の文脈、文面がまず瞬発的に出てくる必要があるそうで、例えば絵描きさんの基礎のデッサンみたいなものですかね?
先ずはある程度の全体バランスを書いて、輪郭などをハッキリさせていき細部まで書き込む。その基礎が出来ていればどんなポージングでも体格でも、いわゆる”肉付け”は自由に出来ますよね。

そんな感じで、一文の冒頭やケツ、主語部分だけを読んでその前後は頭の中で勝手に構築させて読むことが、いわゆる「速読」、なのでしょうか。

この感覚、ニュースや記事、新聞なんかを読むにはそれでいい気がしますね(●´ω`●)
ただ、小説の、しかも文学系はそうはいかないと思うんです|д゚)
地の文が嫌煙される界隈もそうだと思いますが
会話だけ、もしくは殆どがセリフだけで構築する風習ってのもこういうことだと感じます(;^_^A

なんだか、文学と小説という美学が侵されていっている気がしますね(-_-;)

昔から、オタク差別だとか陰キャへのヘイトが盛んでしたが、現代の文化では殆どが基本、オタクでしょ?
世論だとか流行りって、マジ陰謀みたく感じます( ´艸`)

民主主義を盾に、弱者を盾にしたモノが、変わらずに蠢いている🐜ww
そういうのに左右されていると、呪いがかかりそうな気もしたりしなかったり……

「しょうもんばっかしてっと、ぼうこんがやって来るぞぉ」👻
↑リングの名セリフ 方言

3件のコメント

  • 速読と胡散臭さが組み合わさった最悪の事件として、SNSで「一月万冊」を掲げた清水有高氏による自社内パワハラ疑惑があります。手がかりとなる単語を十分記しました。自ら調べて全体像と見識を組み立てるのが良いです。

    僕から見ると次の点が異様でした。

    そもそも31日で一万冊を読めるのか。銀行の紙幣計数機の如くにページを風に晒すところを見せて、自分では読んでいると思えたのか。

    そして。

    その姿を見て素晴らしい技術を教授されたと信じられたのか。

    やはり最後は受け手の信頼と猜疑心のせめぎ合いなのだと思わされます。
  • 速読が可能だったとしても、少なくとも意味は全くない風に思いますね(●´ω`●)
    あくまでも教科書や論文などのただ「答え」だけが知りたいのであればいいかもしれませんが、エンタメ、風情、情緒といった感性や想像力などを鍛える部分や文脈の捉え方やその考察など、深く思考を巡らせることは確実に速読では得れず、時間短縮や工数の削減としてまた「効率厨」はこの速読を得たいと考えるでしょうが、それで得たモノなんてことこそ「時間の無駄」だと思うんですけどね(;^_^A
    正にそれでいいというのであればAIと遊んでいれば十分かと🌟
  • 通じるのか道が細い話を思い出しました。

    ゼロ年代の最初も最初、僕が2003年3月に大学を出る直前に研究室で読んだビッグコミック スピリッツで、漫画家・浦沢直樹と舞台演出家・三谷幸喜の対談が掲載されました。

    三谷「描くときに、どれほどの時間で読まれることを想定しているんですか?」
    浦沢「いきなり本質的なことを訊いてきますね」

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