• 異世界ファンタジー
  • 創作論・評論

常世神話譚 〜アマテラスが車で夜姫をお迎えしたら〜

ご無沙汰です。
本編の更新は少しお休みです。

※今回は本編とは関連のない現代ifです。
更新の合間に、お楽しみいただければ嬉しいです🌙

***

待ち合わせの時刻より三十分も早く、夜姫は約束の場所にいた。
だってだって、待ちきれなかったのだ。

この日のために、白いワンピースも新調した。
まさか自分の人生に、こんな日がやって来るとは思ってもみなかった。

坂の上の通りへ目を向ける。
揺れる街路樹の隙間から、一台の車がゆっくりと姿を現した。
深い色をした艶消しの、長い車体。
陽の光を滑らかな曲面に細く弾きながら、車は夜姫の前へ音もなく寄せてくる。

「……わぁ」

低く響いていたエンジンの気配さえ、止まった途端に静寂へ溶けた。
やがて運転席の窓が静かに下がる。
片腕をハンドルへ預けた天照が、こちらを見た。

「アマテラス様!」

夜姫はぱっと顔を輝かせて駆け寄った。

「……買った車って、これなんですね。あの、とてもお似合いです。
 すごく……すごくお似合いです!」

一度車体へ目を戻す。

「何色なんですか、これ……綺麗。いえ、格好いいです!!」

「ああ……少し、気に入ってな」

夜姫は一歩離れ、改めて車体を眺めた。

「……素敵ですね」
「早く乗れ。暑いだろ」
「はい」

返事をしながらも、惜しむように前から後ろまで眺めてしまう。
大きいのに威圧的ではない。妙に静かで、隙がない。
なんとなく目の前の男に似ている気がして、夜姫は小さく笑った。

「何だ」
「いえ、何でもありません」

ほんの少し不機嫌そうに聞こえて、夜姫は慌てて助手席へ回った。
扉を閉じる。
最後のわずかな隙間まで吸い込むように、重いドアが静かに閉まった。
途端に、外を走る車の音も、人の声も遠くなる。

「わぁ……」

夜姫はシートへ身体を預けながら、きょろきょろと辺りを見回した。
柔らかな革。艶のある木目。金属の縁を纏った大きなディスプレイ。
外から見た以上に、車内は広く感じられる。

「中も綺麗ですね……」

指先でシートに触れてから、天照を見る。

「なんていう車なんですか?」

少し間があった。

「…………マイバッハ」

「まい……ばっは?」

聞いたことのない響きを、そのまま繰り返した。

「それ、有名なんですか?」
「知らん」
「ふーん……買ったのに?」

夜姫は数秒、天照の横顔を見つめた。
天照はセンターディスプレイに地図を開き、何かを確かめている。
口元が緩みそうになるのを堪え、夜姫はまた車内を見回した。

「あ。音楽をかけてもいいですか?」

天照が小さく頷く。
夜姫もディスプレイへ指を伸ばすと、やがて軽やかな音楽が流れ始めた。

「音も綺麗なんですね」

楽しそうに画面を触っていた夜姫は、そのうち背もたれへ深く身体を沈めた。

「気持ちいい……」

そう呟きながら、両手で自分の肩を軽く擦る。

天照の視線が、ほんの一瞬だけそちらへ流れた。
何も言わず、助手席側の温度を、少しだけ上げた。

夜姫は気づかないまま、窓の外を眺めている。

「今日は、どこへ行くんですか?」
「海でも見に行こうか」

横を向いた顔が、一気に明るくなった。

「嬉しいです! 行きたいです!」

「なら決まりだ。行くか」

「何か美味しいものも食べましょう。甘いものも買って、海辺に座って……あ、少し泳いでみたいなぁ!!」

「泳ぐのか? 俺は見てるぞ」
「ええ……じゃあ、じゃあ私もやめます!」
「泳ぎたきゃ、泳げばいい」
「……一緒がいいんです」


天照は何も言わなかった。

「……帰りは夕日も見たいです」

「いいな」

「……やった」

満足そうに笑った夜姫は、再び車内を見回す。
やがて、その視線が運転席の前で止まった。

液晶の中に並ぶ数字や表示をじいっと眺め、首を傾げる。

「アマテラス様……」

天照の視線だけがこちらへ向いた。

「これ、速いのですか?」

少し間があった。

「…必要なだけは」

「………へぇ。それは……」

もう一度、速度計を見る。

それから天照を見る。

「……飛ぶより?」

今度は天照が黙った。

わずかな間のあと、口元だけがふっと緩む。

「どうだかな」

それ以上は答えない。
何事もなかったようにハンドルへ手を置いた。

「出すぞ」

「はい!」

長い車体がゆったりと動き始める。
夜姫はすぐに窓の外へ顔を向けた。
街路樹の緑が、陽の光をちらちらと弾きながら流れていく。
海へ行く。
ただそれだけで、胸のあたりが妙に浮ついていた。

「…………楽しい」

ぽつりと漏らす。

少しだけ間があった。

「……珈琲でも買って行くか」

夜姫が振り返った。

「私は、ミルクたっぷりで」
「ラテだな」

長い車体はほとんど音も立てず、午後の街へ滑り出していった。

16件のコメント

  • if物語ありがとうございます!
    めっさデート回ですね。
    それ、有名なんですか?からの、「知らん」天照らしくて笑いました。
    良い男+車の運転の組み合わせ、本当、最高にカッコいいですよね。
  • おはようございます。うっわ。物語付き! 贅沢♡
    高級車の助手席って、どうしてあんなに聖域みたいで、些細な変化まで、いちばん先に見つけられてしまう場所なんでしょうね。
    誰でも座れるはずなのに、その人だけの場所ですから。
    シートずらしただけでばれちゃうから。
    ……ま、いまは記憶機能あるから、ちゃんと戻せばばれないか💦
  •  素敵な物語を有難うございます。そして何やら不穏な香りがする、丈王音羽様のお話が気になって堪りません……。
  • 苗田はな さま

    う、ありがとうございます!
    苗田さんから「良い男」をいただいて、感動しています。笑
    この方、本当に車の知名度は興味ないんですよね。気に入ったから買った。それだけでした。

    現代if楽しんでもらえて良かったです♪

  • 紫瞳 鸛さま

    読んでいただいて、ありがとうございます^^
    丈王音羽さま、ちょっと大人な世界のお話しされていますね(笑)
    でも、この世界線の天照にはあまり関係ない話かもしれません。
  • 丈王 音羽さま
    おはようございます。
    物語を読んでいただいて、ありがとうございます。
    そして、ちょっと悪い冗談を(笑)

    シートメモリーの機能から、新しい物語が生まれそうですね。
    まぁ、もしそんなことがあったら、夜姫の世界に永遠に陽は帰ってこないでしょうけど(笑)

    読んでいただいて、ありがとうございました^^
  • 福山先生、コメント、失礼します!

    お仕事、本当にお疲れ様です!

    この外伝の天照様は、気持ちが少しだけ軟化している様に、お見受けしました。

    それこそ、本編の夜姫様がお読みになったら、羨ましがりそうな程に。(笑)

    と、流石は、天照様ですね。

    車も、しっかり高級。(笑)

    しかも、よく分からずに買っているところに、天照様の大物感が出ている様に思えます。

    夜姫様、これは満足がいくデートになりそうですよ。(笑)

    本編では、一人で歩き続けている夜姫様ですが、外伝ぐらい天照様と共に、車デートを満喫したいですよね!
  • マカロニサラダ先生

    こんにちは。お仕事へのお気遣いまで、本当にありがとうございます!

    こちらの天照は、確かに本編よりほんの少し気持ちが柔らかくなっていますね。本編ではまだ見せる機会がないだけで、本来はこんな性格です。車のことはよく分からないままマイバッハを選んでしまう天照らしさまで汲んでいただけて嬉しいです。

    本編の夜姫には、しばらく内緒にしておきましょう。読んだら間違いなく羨ましがりますね。笑

    「本編では、一人で歩き続けている夜姫」というお言葉を読んだとき、そんなふうに夜姫の歩みを覚えてくださっているのだと、本当に嬉しくなりました。

    現代ifの中くらいは、海も夕日も甘いものも、天照と一緒にゆっくり楽しませてあげたいなぁと思った夏の終わりでした。

    いつも二人を温かく見守ってくださり、ありがとうございます!
  • 美しい2人のイラスト共にこの物語も最高の1話です!
    2人がいつもこんな会話でデートができるといいのですが⋯。
    素敵な1話ありがとうございます。
  • ありおゆめ さま

    こんにちは。
    「最高の一話」なんてお言葉、嬉しすぎます!
    イラストと一緒に、この小さなifを受け取ってくださって感謝いたします。

    そうなんですよね。本編ではなかなか叶わない、穏やかな会話とデートを今回は二人に楽しんでもらいました。いつもこんなふうに過ごせたら、夜姫は毎日幸せでしょうし、天照も案外、悪くないと思っていそうです。

    二人の時間を一緒に楽しんでくださり、本当にありがとうございました!
  • このIF面白すぎます😂😂!!
    はしゃいでる夜姫可愛いのと、
    車を運転する天照が不思議なのと…(笑)

    なんとなく、天照って運転させそうですよね。
    …ナビとか操作できなさそう(失礼)
    運転は久遠にさせて、後ろで脚組んで座ってそう。
    須佐之男はオープンカーを自分で運転しそう。

    妄想が広がりますね(笑)
  • 浮月さん

    現代ifを楽しんでいただけて嬉しいです!
    はしゃぐ夜姫、今回は思いきりデートを楽しんでいます🚗

    運転する天照は少し不思議な光景ですよね。
    車の価値には無頓着ですが、機械は触ればすぐ使いこなす理系タイプです。地図を開き、夜姫の様子を見ながら助手席の温度まで変えています。最高神、案外ナビにも強いです。

    後ろで脚を組む天照も絵になりそうですが、夜姫を迎えに行く日は本人が運転します。夜姫と会う日はなんとしても久遠に会いたくない人ですから㊙️

    須佐之男のオープンカー……これもやろうと思ってたんですよね。さすがです☺️笑

    登場人物それぞれの車を考えるのも楽しいですね。妄想を広げてくださり、ありがとうございます🥳
  • こんばんは。コメント失礼します。

    なんだかこっちの世界の天照は、人生(神生?)を謳歌してそうですね😊
    大人の余裕がスゴイ(*´Д`)笑

    こっちの世界の二柱は、何の問題もなく一緒になっていそうな感じがしますね。

    このまま一日中一緒にいて、その後も幸せな日々が続くんだろうな~と想像してしまいました(*´▽`*)🌸
  • 見雨さん

    コメントありがとうございます( ´ ▽ ` )
    本当ですね。こちらの天照は、神生を思いきり謳歌しています。夜姫と過ごす一日を本人も楽しんでいるようです。少し余裕はありすぎかも…?

    「何の問題もなく一緒になっていそう」「その後も幸せな日々が続く」と想像してくださったことが、本当に嬉しかったです。
    このあとも、二人で海の夕日を眺め、帰りにはまた珈琲を買い、次の休日も当たり前のように一緒に過ごしていくのかなと🍀

    いつも優しい眼差しを向けてくださり、ありがとうございます。見雨さんのお言葉を読んで、私も二人の未来をもう少し描いてみたくなりました。
  • コメント失礼致します。
    お仕事、本当にお疲れ様ですm(_ _)m
    とても綺麗で、美しい💫
    応援してます🌈✨️
    お身体には気をつけてください❗️
  • 神楽鈴 ハクさん

    こんにちは!
    綺麗で美しいと言っていただいて、とても嬉しいです。
    お仕事のことまで(笑)
    あんまり頑張りたくはないのですが…(笑)
    また伺わせてください。
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する