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カクヨムコンに参加しました。フォロー等ありがとうございます。

 いつも拙作をお読みくださりありがとうございます。新作「記憶にありませんが、責任は取りましょう」ですが、珍しく10万字越えで書き終わりまして、「おお、カクヨムコンの条件に達した」と、ちょっと遅い気もしたのですが参加することにしました。早々のフォロー並びにこの段階でのお★様、感謝感謝です。以下、本文と何の関係もない短編ですが、よろしかったらお読みください。感謝の気持ちを込めて。


***

『私は最初から見抜いていましたの』

***

 グランリュミエール学院の講堂に、日差しが差し込んでいた。

 春の入学式。

 貴族の子弟がずらりと並ぶその場は、高価な香水の香りに満ちていた。

 その中で、ただ一人、周囲に溶け込まない影があった。



 彼の名は子爵家令息エドガー・クロフォード。

 子爵家の嫡男でありながら、髪はぼさぼさ、眼鏡は分厚く、肩をすぼめるような姿勢で立っている。



「あら、なんて、ひどい見栄え」

 そうつぶやいたのは、この場で最も注目を集めるレティシア・ヴァンデンベルグである。

 輝く銀髪、透き通るような瞳、社交界で“氷の花”と称される伯爵令嬢。彼女の視線は、その冴えない令息に向けられていた。


「地味、無表情、自信の欠片もない立ち方……だけど、顔立ちは悪くない。というより……」

 視線がふと、エドガーの眼鏡の奥にある瞳に重なる。くすんだ外見にそぐわず、驚くほど静かで、美しい光を湛えていた。


「おもしろいわ」

 レティシアは笑った。



「あの仮面、私が剥いであげましょう」




 翌日。学院の中庭にて、レティシアは、長椅子に腰掛けていた。その前に立たされているのが、もちろんエドガーである。


「え、ええと……ご用でしょうか、レティシア嬢……」

「貴方。気づいているのかしら?」

「……はい?」

「誰も話しかけない理由よ」


 エドガーは眉をひそめた。だが、否定はしない。代わりに、小さくつぶやく。

「……地味、ということですか? 派手な格好をしても似合いませんし、人前に出るのは得意ではなくて」

「違うわ。似合わないんじゃなくて、“似合わせてない”だけ」

 レティシアは勢いよく立ち上がった。



「私があなたを“貴公子”にしてみせるわ。貴方が本来持ってる美しさ、全部、引き出してあげる」

「美しさなど。なんでそこまで……?」

「決まってるでしょ。人を変えるのは、私の趣味なのよ」

 にっこりと微笑むレティシアに、エドガーは戸惑いながらも、どこか目を奪われた。



「……分かりました。変えてみてください。僕に……そんな価値があるのなら」




 数日後、レティシアはエドガーを自家用の“私室サロン”へ連れて行く。

 ドアの向こうに待っていたのは、高級仕立て屋、髪結い、執事見習いたち。エドガーの顔が引きつる。

「……これ、まさか、全部僕の?」

「ええ。徹底的にやるわよ」

 最初は嫌がっていたエドガーだが、レティシアの見立ても指導は意外なほど丁寧で、厳しくも温かい。



「背筋! 姿勢! 上を向きなさい、貴方は貴族でしょう!」

「え、えっと、こんな感じで……?」

「満点まであと少し。頑張りなさい、私の“作品”」

 エドガーの髪は整えられ、眼鏡は薄いレンズに。服も体格に合わせて仕立て直されていく。


 ****



「お前がエドガーか?」

 昼休みの演習場で声をかけてきたのは、ジュリアン・フェルナーだった。レティシアの幼なじみで、騎士階級出の侯爵家令息。快活で人懐っこい性格から学院でも人気が高い。


 エドガーは少し身構えた。彼のような眩しい人物が、自分に興味を持つなどあり得ないと思っていたからだ。

「……はい、子爵家の……エドガー・クロフォードです」

「ああ、やっぱり。レティシアが言ってた“仕立て中の原石”って、お前のことか」

「……っ、彼女、そんなふうに……」

 ジュリアンは思いきり笑った。


「気にすんなって! あいつなりに、お前を認めてる証拠だ。あの氷令嬢が興味を持つ人間なんてめったにいないんだぜ?」

 そしてジュリアンはエドガーの肩を軽く叩き、こう言った。


「これから剣術の授業あるだろ? 俺が付き合ってやるよ。立ち方から直していこうぜ」

「え……でも、そんな……」

「遠慮すんな」

「……ありがとうございます。ジュリアン様」

「様なんていらねぇって!ジュリアンでいい。な?」



 *****


 日が傾き始めた放課後、学院のテラス。レティシアは、目の前のエドガーを見ながら、ふと溜息をついた。


 ここ数週間、エドガーは“明るく”なっていた。

 以前のように俯くこともなく、ジュリアンや周囲の生徒たちとも自然に話すようになっている。

 それは喜ばしいはずだった。

 けれど、どこか、胸がざわついた。


「私が教えた立ち方、話し方、服の選び方。すっかり身についてるわね」

 声をかけると、エドガーは照れたように笑った。

「はい。貴女のおかげです、レティシア嬢。僕、ようやく……人の目を見て話せるようになりました」

 その笑顔に、胸がざわめいた。

(……こんな顔、教えてないのに。)

 彼は、変わりつつある。そしてその変化の中に、レティシアの知らない“彼自身の魅力”が芽生えていた。


 ふと、遠くから声が聞こえた。

「エドガー! 剣術の稽古、付き合えよー!」

「はい!」

 ジュリアンの元へ駆けていくエドガーの背に、レティシアは言いようのない感情を抱いた。


 嫉妬? 寂しさ?

 彼女の中で、何かがゆっくりと、動き始めていた。

 *****


 舞踏会の夜。

 学院の大広間は光と音楽に包まれ、学院の生徒が華やかに舞っていた。

 レティシアはネイビーのドレスを身にまとい、舞踏会の“氷の花”として相応しい存在感を放っていた。

 だがその瞳は、ある一人を探していた。

(エドガー、来ると言っていたけれど)


 そこへ現れたのは、黒の礼服に身を包んだ一人の青年。姿勢は凛としていて、控えめな微笑の奥に知性と気品が宿っている。


「あの……踊っていただけますか?」

(この声……まさか)


「エドガー?」

 レティシアは目を見開いた。彼はすっかり“完成”していた。あの冴えなかった姿は、もうどこにもない。

 だがその変化を見て、微かな不安が胸をよぎる。

(……私の手を離れてしまう気がする)



 そこへ現れたのが、イザベル・ミラノ侯爵令嬢。

「どちらのご令息かしら?」

 イザベルはにっこりと微笑むと、エドガーに手を差し出した。


「一曲いただけるかしら? その優雅なお姿に、どうしても惹かれてしまって……」

 レティシアは内心で舌打ちした。彼女は以前、自分にこう言っていた。


「令息ならば最低限の外見くらい整えなきゃ、話にならないわよ。特に、あのエドガーとかいう地味子爵、論外ね。まあ、整えてもたいしたことないと思うけど」

 そして今、彼女はその“論外”だった彼にすり寄っている。


(面白い。なら、見せてあげる――誰が本当に彼を知っていたのか)


「イザベル様、その方は、私の舞踏の相手ですわ」

「え?」

 イザベルが驚く横で、レティシアは微笑む。


「私は、この方が冴えなかった頃から知っています。この方の本当の美しさは、外見じゃない。努力する姿。それを一番近くで見ていたのは、私ですの」

 エドガーは小さく目を見開いた。そして、静かに笑った。


「レティシア嬢。あなたが、僕を変えてくれた。僕も、その瞳を、ずっと見ていました」

「なら、私の気持ちも分かるのではなくて? エドガー」

「はい。きっと、ずっと前から」


 エドガーの名前を聞き、驚きの表情をしているイザベルを残し、舞踏の輪の中へ。


 人々の視線を浴びながら、レティシアとエドガーは、穏やかで甘やかな旋律に身を任せて踊り続けた。

 イザベルは、唖然とした表情で立ち尽くしていた。


 舞踏会の後、学院の庭園。月明かりの中、二人だけの静かな時間が流れる。


「……ありがとう、レティシア。僕に自信をくれて。世界がこんなにも明るく見えるなんて、知らなかった」

「ふふ。その笑顔も、私の“作品”よ」

「だけど、もう僕は“あなたの作品”であるだけじゃ、満足できそうにありません」

 エドガーは一歩、彼女へ近づいた。



「僕は、あなたに恋をしているんです」

 レティシアの頬が染まる。

「……ずるいわ。貴方、いつのまにそんなに口がうまくなったの?」

「レティシアが教えてくれたからですよ」

「教えていないと思うわ」

 彼女はくすっと笑い、彼の手にそっと指を絡めた。


「ずっと、私の隣にいてくれる」

「はい。レティシア。あなたが、僕を見つけてくれた」


 二人の唇が触れるその瞬間、夜空に柔らかな風が吹いた。

 氷の花と、かつての地味な令息は、互いを見つめ合い、もう誰にも揺るがされない愛を確かめ合ったのだった。


 *****


 ジュリアン・フェルナーは、誰からも好かれる男だった。

 社交の場では笑顔を絶やさず、授業では優等生。剣術の稽古では一撃で相手を倒し、女子生徒たちの視線を一身に集める。

 学院で「完璧な侯爵令息」として名を馳せる彼は、まさに“理想の貴公子”だった。

 だがその完璧さの裏に、自身ですら気づかぬ空虚があった。


「ジュリアン様って、いつも明るくて素敵ですね」

 そんな言葉を聞くたび、彼は心のどこかで苦笑する。

(“素敵な仮面”が、よく似合うってだけだ)

 貴族でありながら、母は平民出。父方の親族には「混血」などと陰で囁かれ、誰よりも“貴族らしく”あろうと努めてきた。

 ──そして今日も、何事もなかったかのように、彼は微笑んでいた。



「さて。そろそろ“原石の騎士”に稽古を付けに行くとするか」

 ジュリアンは、気怠げに剣を肩に担ぎながら、訓練場の片隅へ歩き出した。そこには、いつも通り不器用に木剣を振るう、一人の男の姿があった。

「エドガー、今日もみっちりやるぞ!」

 エドガー・クロフォード――あの令嬢レティシアが“改造”した子爵家の令息だ。

 だがジュリアンは知っていた。この男が、口数は少ないが、誰よりも真剣に“自分の足”で立とうとしていることを。


 稽古の途中、エドガーが木剣を地面に落とした。汗が額から流れ、肩が上下している。

「おいおい、前にも言っただろ。相手の足運びを見て、先に回避しろって」

「……分かってます。でも、思ったより体が……」

「考えすぎなんだよ、お前は。肩に力入りすぎて、足がついてきてねぇ」

 ジュリアンは彼の剣を拾い、無造作に渡した。


「ありがとう、ジュリアン。君がいたから……僕はここまで来られた」

「礼なんていらねぇよ。友達だろ、俺たち」

 そう言って笑う彼の横顔に、エドガーは“仮面ではない本物の笑み”を見た気がした。





 その夜。


 寮の裏庭で、ジュリアンは一人、剣を振っていた。

「……やっぱり俺は、まだ怖いのかもしれねぇな」

 静かな夜風にまぎれて、ぽつりと漏れた言葉。

 ふと、レティシアとの記憶が蘇る。

「ジュリアン、あなたって……いつも楽しそうに見えるけど、時々、すごく冷たい目をするのね」

 彼女だけは、仮面の裏に気づいていた。

 だがその目が今、エドガーを見ている。

(俺じゃないんだって、分かってたさ。最初から……)



「お前、ひとりで振ってるとき、すげぇ顔してるな」

 声に振り返ると、そこには同室のベルンが立っていた。

「おいおい、盗み聞きか?」

「剣が泣いてたぞ。だから来んだ」

「生意気になったなぁ、お前も」

 ベルンは木剣を抜き、構えた。


「本気でやり合いましょう、ジュリアン」

 ジュリアンは小さく目を見開き、そして笑った。

「いいぜ。遠慮なしだ」




 ****


 春の終わり、学院の中庭。白い藤の花が揺れる午後。

 ジュリアンは一人、木陰に佇んでいた。そこへ、淡い紫のドレスを纏ったレティシアが現れる。

「久しぶりね、ジュリアン」

「おう、お前が名前で呼んでくれるなんて、珍しいな」

 レティシアはふと笑い、花びらを一枚、手に取った。

「エドガーのこと、感謝してるわ。貴方がいたから、エドガーは……前を向けた」

「気にすんな」

 そう言うと、彼女は少し笑って踵を返した。



(……分かってる。レティシアはエドガーを見てる)

 だが不思議と、胸は痛まなかった。

 むしろエドガーが選ばれたことが、どこか納得できていた。


 *****

 学期末の決闘試合。エドガーは準決勝へと進み、次なる相手は剣術貴族の若き俊英。

「俺の弟が、下級子爵の坊っちゃんに負けるわけないだろう」

 相手の兄がそう嘲るのを、ジュリアンは傍で聞いていた。

(ここが“本番”だな、エドガー)

 そして試合当日。観客が見守る中、エドガーの動きは今までと違った。

 軽やかに、そして、美しかった。


「見ろよ、あれが“努力の結晶”ってやつだ」

 ジュリアンは誰に言うわけでもなく呟く。

 全ての教え、訓練、言葉、汗が剣に宿っていた。決着の瞬間。エドガーは勝った。会場が沸く。

 観客の歓声の中、ジュリアンはぽつりと呟いた。


「もう大丈夫だな。エドガー、お前はもう“作られた貴公子”じゃねぇ。立派な“本物の男”だよ」


 エドガーに駆け寄るレティシアを見て、ジュリアンは微笑んだ。


 END





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