今回は、今年の5月に佐沼に行った時に撮った風景をアップしようと思います。
佐沼は大嶽丸の遺骸が置かれ、霞野忠太がそれを見守るために残ったとされる地で、槐やアクラたちが暮らす土地ですね。
佐沼には「大嶽」という地名があって、そこには大嶽丸伝承に所縁のある、興福寺さんというお寺があります。
田村丸伝承のモデルである坂上田村麻呂(こちらは歴史上実在の人物です)が創建したお寺で、大嶽丸伝説というフィクションと、蝦夷征討という史実との繋がりに触れられる場所です。ここらへんは歴史の話になってしまうので深堀しませんが…。
①左上の写真はお寺近くの田畑の風景です。
第3話で椋と槐がバイクで二人乗りして走って来るところはこんなイメージです。
※大嶽は佐沼の市街地から外れた所にあります。市街地はもっと商業施設とかがあります。
②右上の写真はお寺の麓にある鳥居です。お寺ですが鳥居あるんですね。ここらへんは神仏習合の名残でしょうか。
槐のイラストの背景にある鳥居もこの鳥居がモデルです。
③左下:観音堂です。興福寺さんは奥州三十三観音霊場第十番札所にあたります。
奥州にある様々な観音に、いろいろな鬼の伝承がからんでいたりします。
④沿革が書いてある看板です。これを見て驚いたんですが、「修験道の道場として栄えていた」って書かれてるんですね。
お恥ずかしい話ですが、槐たち守護者を修験道モチーフ(かなりアレンジしてるので修験道ベースとは言い難い)にしたのは、個人的な好みというか、「うしおととら」とかが大好きなので陰陽師ではなく密教寄りにしたかったとかそういう理由なので、歴史的背景を考えてとかではなく……。でも田村麻呂と修験道って繋がりあったんだ……!となりました。
お寺の敷地内には「六角堂」という建物もあるんですが、ここは庭に蔵があって、離れが修験道の道場として使われていて……と、想像で書いた槐の家みたいな建物が実在していて驚きました。
宮城県は初めて訪れたのですが、伝承を追っていろいろはお寺や神社を巡るのはとても楽しかったですね。京都の宇治も出張ついでに町並みや平等院などを観れたのですが、滋賀とか山形とかまだ行ってみたいところがたくさんあります。
大阪出張の時はいつも東京から車で自走するので、高速道路ではよく滋賀の土山SAで休憩するんですけどね。今度降りちゃおうかな…。
物語は現在幕間として、滋賀の鏑木要といろはのお話を書いています。
7月末の田村神社の万灯祭、すごく幻想的らしくて……行きたかった……泣。
物語は来週からまた槐とアクラを中心とした東北編に戻ります。
合わせて月水金の週3更新に変更予定。
果たして続けられるのか……ドキドキ。