• 現代ドラマ
  • ホラー

私の思考回路(死体編)

 私は一度死んでいます。
 もちろん、生命的ではなく精神的にです。

 詳細は割愛しますが、私がAIを用いて他者の作品を盗用したと断定されたことが発端です。

 何故、死んだか?
 私は当時、脊柱管狭窄症という病によって、左腕が痺れて上手くキーボードが打てない状況になっていました。
 その痺れや痛みを創作にぶつけつつ、当時考えていたAIによる意図せぬ作品の学習リスクがあるおそれを訴えるために書いた作品が、他者の作品を『AIで他者の作品を学習させてポン出ししたもの』と断定されたからです。
 名指しはされていなかったものの、間違いなく、私の作品を強く非難するものでありました。
 
 これは、二重の意味で傷つきました。
 私が他者の作品を平気で無断盗用するような人間だと思われていたという事実。
 それまで書いてきた私の作品が、そのような文章であると推測されるもの若しくは断定を受けた作品が私には書けない文章であると思われたという事実。

 そして私は、こう思いました。
『私は誰かの作品を無意識のうちに模倣するのではないか?』と。

 私は元々ネガティヴです。
 自分に自信なんてこれっぽっちも持ち合わせていません。
 そのため、相手が勘違いや思い込みをしているとは考えず、まずは自分を責めることにしました。

 当時のアカウントを消した後、このアカウントを作成し、ひとつの作品を書き始めました。
『不等価交換』というタイトルのものです。

 
 私は、死ぬことを考えていました。
 大袈裟だと思うかもしれませんが、私自身の存在意義を見失っていたんです。
 毎日、毎日、死にたかった。

 でも、私は死ねませんでした。
 私の中の倫理観が許さなかったからです。
 死にたいのに死ねないことがストレスでした。
 胃を相当痛めました。

 不等価交換を書くことで、私は自分の死にたい気持ちを作品で解消していました。
 そのため主人公の律には、言葉にならないほどの苦しい試練を与えてしまいました。
 それでも彼女は生きることを選び、私は息をつくことができました。

 その他にコメディ作品などを書きましたが、私は生きたいとは思えませんでした。
 まるで、動く死体です。

「自分の書く作品は模倣である」
「AIによるポン出し」
 その認識は消えてくれません。
 どんなに工夫をしても、私の作品は紛い物に見えていました。

 そんななか、ひとつの閃きを得ました。
【誰もオリジナルの作品を書ける立場にないのではないか?】
 
 毎日毎日物語は生まれます。
 それは過去から脈々と続いてきた文化です。
 その文化に触れ、私たちは想像力をかき立て、物書きをしているわけですから、絶対に誰かの影響を受けているのです。
 その結果、完全なオリジナルなんて存在しないのではないかと考えたのです。

 そうして執筆したのが『或いは死にいざなう言の葉』です。
 この作品で具体的なことは触れていませんが、言葉に殺されたのは私を示しています。

 ただ、もう一方で、私も殺したのだと思っています。
 私が盗用と断定されるような作品を書いたせいで、盗用されたと感じた人は間違いなく傷ついたはずなのですから。

 なので、私は自分が被害者だとは思っていません。
 どちらにもなり得る存在だと考えています。

 
 そうは言っても、私は相当なダメージを負いました。
 今は楽しく創作はできていますし、思い出深い『still in love』を改稿することもできたので、かなり回復はしています。

 それでも、不等価交換で描いたように、私はいまだに希死念慮に囚われています。
 もちろん自殺ではなく、物書きとしての死です。
 今も、私の文章は紛い物だという認識は消えません。
 作品を全て消したい衝動に駆られることがあります。
 そういった思考を受け入れつつ、自分の書きたい物語を表現するために相応しい文章を過去の遺産から借りる思いを持って物書きを続けています。

 私の作品をAIによる盗用と断定した理由は、今もわかっていません。
 そもそも、私の作品と、その人のどの作品を比較したものであるか私にはわからないのです。
 すっきりしない気持ちは、おそらくずっと抱えたままです。
 なにせ、どうして私が死んだのかわからないのですから。
 本当にAIを使って作品を盗む卑怯者だと思っていたのか?
 私が疎ましくて、それらしい理由で私との関係を断ち切りたかったのか?
 もっと別の理由があるのか?
 その理由を知りたいとは思いますが、知ることはないことも理解しています。
 接点がありませんから。

 
 皆さんに謝っておきます。
 私の文章が、誰かを傷つけているかもしれません。
 もしかしたらあなたかもしれません。
 そう思わせてしまったなら、本当に申し訳ありません。

 私は今、折った筆をテープでぐるぐる巻きにして執筆しているみっともない物書きです。
 こうして夜中に眠れずお気持ち表明しなければ寝られないことがある程度には、自分が嫌いです。

 そんな私ですが、少しずつでも自分の文章が前より好きになれるように、明日も何かを書いていくつもりです。
 ですから、皆さんも、筆は折らないでください。
 置いてもいいです。折らないでください。

 創作は自由なんですから。
 誰かの言葉で、筆を折らないでください。
 

12件のコメント

  • 言葉の重みを再認識しました。
  • 馬渕まりさん
    感想ありがとうございます。
    重さを大切にしたいと思ってます。
  • 拝読しました。
    こうして赤裸々に語られるピンチョス太郎さんの筆は、間違いなく貴方のものであると思います。受けた傷に安易な言葉は申しませんが、人はそれでも立ち上がる、それが生きるということと思っております。

    私の持論で申し訳ありませんが、小説に限らず、人間の文化的な営みというものは、いずれも模倣です。人間は過去の誰かの知識を借りて、同じ時代の誰かとそれを共有することで、人間でいられるのです。模倣しない人は獣です。

    ですから、なんと言おうと、言葉を借りて思考法を共有した時点で模倣者なのです。誰にもオリジナリティなどありません。言葉という文化の積み木をどう積むか、というだけです。

    音楽では、模倣だと言われるものがフレーズ単位で星の数ほどあるでしょう。同様に小説のオリジナリティなど狭義なものです。言葉の置き方による独自性など、積み方の一種でしかないのでふから。

    そんな中でのオリジナリティとは、私はテーマの提示と思っています。テーマは感情に直接に訴えるもので、その著者が伝えたい形そのものであるからです。

    世界観などのコンセプトはこれも文化の表れですからオリジナリティはありません。積み木の形の一つです。でもテーマはその人の中にしかありません。形も人それぞれです。

    例えば、こうしてお気持ちを書かれたピンチョス太郎さんのこの近況ノートも、テーマそのものですし、オリジナリティそのものです。誰にも同じ形は作れないでしょう。

    創作に限らず、日常を過ごしていると価値観や行動基準の異なる方に巡り合うことがあります。接客をしていると理不尽なお客に当たるのが分かりやすいです。

    また、一昔前は「ゲームは子供のすること」と一様に掃き捨てる価値観もありました。小説だって、私は似たようなものだと思います。

    結局のところ、高尚さや唯一性という価値は、観測する誰かのものでしかないということです。創る側は、ただ創りたい形があるから創る。そういう世界だと、私は思うのです。それこそ、小説家が何かを文字に落とすのは、女子高生の会話のようなものなのです。オリジナリティなんて考えることでもないのです。

    コメント欄で長々とすみません。ただ、同じ時期に、同じコミュニティに居るというよしみは、他にはありませんから。それも唯一性と思って、ピンチョス太郎さんとお付き合いしていければと思っています。
  • たねありけさん
    ありがとうございます。
    私も同意見です。

    ふとした時に考えついたネタを物語にしようと思い、そのネタについて調べると、大抵先駆者が存在しているのです。
    悔しさもありますが『同じことを考えている人がいた』という喜びにもなります。
    多分、我々よりももっと前の人たちも同じことを思っていたと考えてます。

    そうやって今も言葉は発展していますから、扱うのが楽しく感じられます。

    私がたねありけを『マスター』と呼ぶのは、物事の考えに近似する感覚があり、私より論理的に言語化されているからです。
    学ぶことは多いのです。

    これからもよろしくお願いします。

  • コメント失礼いたします。眠れぬ夜、過去の苦しさをこちらに書くことで、少しでも今、ピンチョス様の心が軽くなっていることを願います。人間動物の間で、文字、言葉というものはとても尊く。
    一方で簡単に影響を受け、伝播するものでもあり、本当の「オリジナル」というものはないと、私も思っています。
    書く孤独、公開する怖さというものを、カクヨムで初めて知りました。この避けて通れない苦しさを背負い続けてきたピンチョス様の偉大さを思います。
    最後に。私は自己肯定感マイナスの、バランス感を完全に失った欠陥人間です。当方のような者の小説を読んでいただけること、深く感謝しております。どうぞご自分を最優先に、労ってあげてください。
  • 既に考え尽くされたであろうピンチョスさんに、どうこう言える立場ではありませんので、まずはこの近況ノートを読みました、とだけお伝えさせてください。

    模倣については、感覚だけでなく歴史的にも、ピカソですら自らの体験記録に基づく模倣の域を出ないとする見方があります。
    そのため、相手のおっしゃるコピーと、ピンチョスさんが行ったクリエイトは、同じ模倣という語に接続できるかもしれませんが、両者は大きく異なるものだと思います。
  • ナカメグミさん
    私も迂闊なことを言えませんが、ナカメグミさんの作品には間違いなく力がありますよ。

    創作の自由には恐怖も伴いますが、それを知っていることは重要だと思ってます。

    これからもナカメグミさんらしく刺してください。
    時間の許す範囲で読ませてもらいます。
  • わたねべさん
    ありがとうございます。

    私が正しいと主張したいわけではなく、私の思考を整理する目的がこの近況ノートだと理解してもらっていると思います。

    これからもお互いに、誰かの歴史のなかかららしさを積み重ねて創作していきましょう。
  • 真面目がゆえ、だなぁ……

    何度か、自分だったらどうしたかな? って考えたことあるけど

    まぁ……お察しの通り₍ᐢ ɞ̴̶̷.̮ɞ̴̶̷ ᐢ₎​

    とにかく、帰ってきてくれてよかったよ(๑′ᴗ‵๑)
  • りせったーさん

    真面目というか、肉体的にも物書きを続けられるか不安だったからこそ、なお響いた感じです。

    それでも、離れられなかったんですよね。
    『面白かった』の一言が欲しくて。
  • あの…勝手に「AI完全不使用」タグ使わせてもらっていますが、大丈夫だったでしょうか…?
  • 葉月瞬さん
    コメントありがとうございます!
    どうぞガンガン使ってください(笑)
    私の著作権でも専売特許でもありませんから。
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する