空は晴れていた。肌に当たる朝の空気は冷たく、しかし、吐き出した息はまだ透明で平坦な住宅地をただ歩いた。
人通りは少なく。時折、後方から来た車道を走る車に追い越されながら、目的地に向かって歩いた。
徒歩10分未満の距離は長くも短くもなかった。
遠くから差し込む日差しを感じながら、僕は目的地に辿り着く。
草木が周囲を覆いながらも、開けた公園へと踏み出した。
誰もいない公園はひっそりとした閑静が広がっている。
僕は古びた紙を開いた。子供が描いた、世界でたった一つの地図だ。幼い僕が描いた地図だ。
僕自身でも忘れていたそれは、それでも甘美な記憶の匂いを伴って、僕を解読へと誘った。
解読といっても大したことはしていない。簡単な話だ。
僕自身が忘れていても、記憶がはっきりしている親がいた。その記憶を持っていたのは母親だった。
当時、僕がどこへ行き、何を残そうとして地図を書いていたのか。
なぜ地図を書いていたのか。
詳しいことは母にもわからなかったが、ただ、僕がこの公園に行った後、家に帰った僕はこの紙に書いたのだ。よくわからないこの地図を。
公園に来てわかった。この地図は、確かに公園内を描いていた。
拙く歪な地図は、それでも公園にあるいくつかの特徴的な遊具を下手なりに描いている。
赤いクレヨンでバツを描いた場所は、小さな小川が流れる柵の前だった。
柵周辺には花壇になっているようで、一目で手入れがされているとわかる。花壇にはパンジーが植えられていた。
それを見て、僕は改めて、幼い僕がなぜ地図を描き、この場所に印をつけたのか。わからなくなった。
周辺をゆっくりと散策しながらも、どうにかして記憶が思い出せないか考える。
ふと、妙に開いた空間を見つける。
あの場所には何かがあった気がする。もしかすると、僕が遊んでいた遊具かもしれない。
それが何の遊具だったかはわからない。それでも推測はできる。恐らく、撤去されたのだろう。
昔遊んでいた遊具が、危険な遊具として撤去されて行ったと報道されていたように思う。その中の何かだったのだろう。
何が消えてしまったのか、僕にはもうわからない。それでも、その場所にあったものが「消えている」という事実が、どうにも心の中で消化不良を起こしている。それが、小さな僕が残したクレヨンの地図のバツじるしと合わさって、湧き上がってくるのは物悲しさだ。
ここにいても僕は何も思い出せない。
それだけがわかった。それは鋭く尖った針のように心臓に深く沈み込んだ。その針はもう抜けることはないだろう。
僕は公園を後にした。
もう、ここに来ることはないだろう。