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ガチの詩を書く体力がない

ガチの詩、というのはまぁ多様多種な観念がありそうですけれども、一般に言われるすごい詩は比喩があっちこっちに飛び回りますね。場面が連続しているように見える詩人さんの作品であっても言葉自体はランダムだし、もう場面の段階であっちこっちに飛び回る方もいるわけです。で、あっちこっちに行かせるっていうのをすごい人は一発でできるらしいんですけど僕はできないんですね。だからちっちゃい小ネタを何個かくっつけて雑誌に投稿する作品を作ってます。過去の自分と現在の自分はもちろん脳内が全然違うので、そういう作り方をすると勝手に言葉がランダムになります。

今回投稿した「親指マジック」は溶ける描写があるので比較的繋げやすいですが、そうじゃないネタが思いついて、でもどうしても繋げたいというようになったとき私はすごい悩みます。宗教団体はこっちに該当しますね。半分実話です。白とは書かなかったけど。
あとば、「クロっていう名前の犬が死んじゃったよ、お姉ちゃんがそれで叫んでるよ」みたいな作品の元ネタは「クロがロクになってそれが6っていう数字になった後にまた9になったら、絶対クロには戻らないよな」みたいな反対の反対の反対なはずなのに戻ってくれない、みたいな不可逆を考えてるときに思いつきました。肉は凍らせたら戻るのに一度焼いたら戻りません。あれは二ヶ月悩んで、悩んで完成した作品は雑誌に送りましたが落ちました、ので供養してます。そゆことです。過去作品を漁って頑張りますが、それでできた作品は何度推敲しても納得いかない出来栄えになります。

要するに、自分のできる最高純度の作品を作るのであれば(私の場合)持ちネタとじっくり見つめ合う時間と体力(と十分なる能力)がいるわけですが、体力がない。(しかも能力もない)新潮のせいで時間もない。一応今月の応募作は仕上げたのですが、こんなふうに言い訳を重ねるくらいには大変でした。
普段の作品が落ちたからって凹みませんけど、手間をかけた作品が落ちたときはなんでなん、となります。普段の作品に自信がないから応募した後に不安になるのかもしれない。

小説を書いていると場面の飛躍が出来なくなるし、言葉も平坦になる。いろいろ詩集を読み直しているが感覚が直らないので、こっから先はあまり出来の良くない作品が続くかもしれません。題名からしてたいして手間をかけていないのは明白かもしれませんが。自分でいうのも甘えている気がして辛い、が、学生には学校というものがありまして、それが相当辛い、うちの中学は結構な自称進なので(そのことはまた後で話すかもしれませんが)宿題の量は少ないくせにやたら重いテーマのレポートばっかり出してくる、大変ですね。でも、その代わり教員は優秀です。


あと、カクヨムには関係ありませんが、毎月投稿する雑誌を少し減らそうと思います。全ての行動とか作品において自分の何かが欠損している気がしました。今回の新潮応募作は自信作でもあったので、力みすぎてしまったかもしれません。

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