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2部は大きな話はまだ出すつもりないので――

2部は大きな話はまだ出すつもりないので――、ネトゲの話多くなりそう。アスタルロサ編が大きな話かな? 北国の。
絵は突然の悲劇に混乱したブラックヴァルキリー・カーラ。
突然の悲劇プレビュー↓


 静寂が、ヴァーレンス公爵邸の書斎を支配していた。それは、いつもの穏やかな静けさとは異質だった。まるで、分厚いガラスの向こう側で嵐が吹き荒れているような、奇妙に圧迫された静寂。壁一面の書架に並ぶ古今東西の書物も、今はただの背景と化している。暖炉の炎がぱちぱちと音を立てるのだけが、唯一、時間が止まっていないことを告げていた。
「……ねえ。終わるらしいわよ、ヴァルキリーオンライン」
 その静寂を破ったのは、水鏡冬華の声だった。彼女は窓辺に立ち、肘掛け椅子に深く沈むミハエルの背中に向かって、魔導端末の冷たい光を映す画面をかざしながら、淡々と告げた。その声には、悲しみも驚きも含まれていない。ただ、変えようのない事実を、あるがままに伝える響きだけがあった。


「……は?  マジ?  あそこの看板タイトルの最新版じゃん。四年でやめるの? うっっそ~。原作っていうか最初のゲームはまだ続いてるよね?」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒの呻き声が、重く部屋の空気に響いた。数多の戦場を駆け抜け、神々の気まぐれにさえ対峙してきた男の顔が、信じられないという表情で固まる。カイアス王国の超魔導士を単身で打ち破り、「不死身の皇帝」とまで呼ばれる彼が、今、たかが一つの電子遊戯(ネットゲーム)の終了告知に、これほどの衝撃を受けていた。
 天蓋瀑布というとてつもない洪水を止めた彼でも、企業の経営判断だけはどうすることもできない。その無力感が、彼の肩にずしりと重くのしかかった。


 ソファの反対側では、フィオラ=アマオカミが気怠げに脚を組み替え、爪を磨きながら鼻を鳴らした。
「ふん、たかがゲームじゃないの。他にもっと面白いことはいくらでもあるでしょうに」
 その赤い瞳には、ミハエルの動揺を面白がるような光が宿っている。


 隣に座っていたサリサ=アドレット=ティーガーは、読んでいた本から顔を上げ、猫のようにくすりと笑った。
「あら、ミハエルったら可愛いところあるじゃない。でも、形あるものはいつか壊れるものよ。それが宇宙の摂理ってやつ?」
 彼女の銀髪の獣耳が、楽しそうにぴくぴくと動いていた。
 その向かいでは、アリウス=シュレーゲルが困ったように眉を下げていた。
「まあ、運営会社にも事情があるのだろうけど……元のゲームから数えると二十年も続いたシリーズだからね。一つの時代が終わるような寂しさはあるな」
 彼は、親友の落胆を慮るように、穏やかな声で言った。
 フレデリック=ローレンスは、グラスに残っていたワインを一気に煽ると、わざとらしく嘆いてみせた。
「おいおい、マジかよ! 俺のイケメン魔法剣士も、これでリストラか! 女神様に愛された俺の活躍の場が、また一つ減っちまうじゃねえか!」


 部屋の隅では、クロード=ガンヴァレンが黙って腕を組んでいた。彼の端正な顔には何の感情も浮かんでいないように見えるが、その視線は虚空を彷徨っている。ゲームの中では、彼は誰にも邪魔されず、ただ純粋に槍の腕を振るうことに没頭できていた。その場所が失われることに、彼は言葉にできない喪失感を覚えていた。


「そんな……じゃあ、僕のヒーラーも……」
 サミュエル=ローズが、小さな声で呟く。彼の愛らしい顔が、不安げに歪んでいた。


 東雲波澄は、静かにお茶を淹れながら、そっとため息をついた。
「仕方のないことだとは思う……けど……少し、寂しいよね」
 彼女の式神たちも、主の心情を察してか、部屋の隅で静かに身を寄せ合っている。


 唐突に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「聞いたぞ!  何だそれは、ふざけてるのか!?」
 飛び込んできたのは、漆黒の翼を背負ったブラックヴァルキリー・カーラだった。彼女の手には、いつも愛用している槍ではなく、魔導端末が握られている。その画面には、ミハエルが見たものと同じ、冷酷なサービス終了の告知が表示されていた。


 ミハエルの脳裏に、数々の思い出が走馬灯のように駆け巡った。男プリースト『聖天使猫クラウリト』として、仲間たちと駆け抜けたファンタジーの世界。桜雪さゆのウォーロック『Haruhime』が、派手な魔法で敵を蹴散らし、水鏡冬華の剣士『水鏡』が、凛とした太刀筋で道を切り拓く。そして、カーラのアバターである『タン塩女帝』が、豪快な戦斧で敵陣を粉砕する。
 あの世界で、彼らはただの公爵でも、竜でも、巫女でもなかった。ただ一人の冒険者として、笑い、怒り、時にはくだらないことで言い争った。ギルド「ヴァーレンスのハゲ」での、他愛のないチャットのやり取り。もうすぐ、その全てが、ギルドの名前もろとも、強制的に解散させられてしまう。
「でもこれ、一番こたえてるのはクレカ勇者のギルドの連中だよな。課金額、すごいことになってたらしいし、噂で聞いたけど」
 カーラが、いや、『タン塩女帝』が、吐き捨てるように言った。
「わたしたちは、せいぜい月2000ウサギくらいのもんだろ? クレカ勇者のひとりは最近30万ウサギ課金したらしいぞ。サービス終了告知前に」

「わたしは500ウサギ。毎月の平均課金額」
 冬華があっさりと答える。

 その会話を、ギルド部屋の入口で呆然と聞いていた者がいた。最近ギルドに加入したばかりの、エルフの少女だった。
「ええっ、終わっちゃうって……これで、皆さんともお別れってことですか……?」
 ゲーム内での名前は『ミアス=ライトナ』。その正体は、フェルミンエルフ騎士団のエレナ=オブ=メノーシェだった。やっと見つけた、自分を受け入れてくれる暖かな居場所。それが、あと三ヶ月で消えてなくなると聞いて、彼女の翠の瞳は混乱と悲しみで揺れていた。

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