そう言えば魔法の描写描いたことなかった? と思ったのでこういうのを書いてみる。
一秒。
人間が瞬きをするよりも短いその火花の間隙に、アリウスの手のひらから光が溢れ出た。
それは文字通りの奔流だった。
1000の術式。
熱波が空気を焼き焦がす火炎の矢。床を抉りながら奔る極低温の氷柱。鼓膜を破らんとする紫電の群れ。質量を持った土塊の雨。
それだけではない。触れた物質の水分を強制的に奪い去る乾燥の波、その存在自体の意味を白紙に戻す消滅の概念、物質の結合を根本から解く無化の障壁。
ありとあらゆる属性、階梯、効果の異なる魔法が、隙間なく網の目のように編み上げられ、さゆという一点を目指して殺到する。
空気が軋み、悲鳴を上げた。
光があまりにも密集した結果、色彩は白濁し、修練場内の視界は一瞬でかき消される。轟音すらも互いを打ち消し合い、鼓膜の奥で奇妙な金属音となって響くだけだった。
だが、さゆは動じない。
彼女はただ、思った。念じる。それだけだった。
発声も、身振りもない。
彼女の内に眠る膨大な妖力が、その意志の輪郭のままに外の世界へと噴出する。
1000の魔法に対し、1000の妖術。
炎の神の系譜たる熱量。山を削る氷雪の牙。概念を呪い縛る禁忌の波動。
押し寄せる光の嵐に対し、さゆの放った不可視の力が正確に噛み合わさっていく。
瞬間。
光と影、熱と冷気が正面から衝突した。
大気が爆発的に膨張し、防護の障壁が悲鳴を上げてきしむ。
「……ッ!」
修練場の隅で様子を見ていた他の魔術師たちが、顔を青ざめさせて扉へと殺到した。防壁があるとはいえ、この衝撃波に巻き込まれれば肉体が消し飛ぶことを、本能が察知している。蜘蛛の子を散らすように、術師たちは逃げ去っていった。
衝突の余波が霧散する。
あとに残されたのは、修練場全体を満たす濃密な水蒸気だった。
視界は完全に遮られ、乳白色の闇が立ち込める。その中で、じわじわと大気の温度が上がっていく。極低温の氷と、超高温の炎が互いを相殺した結果の、生温かい湿気。
アン=ローレンは、開いた口が塞がらなかった。
エメラルドグリーンの衣に湿った空気を受けながら、手にした剣の柄を握る力すら忘れている。
風の魔法を得意とし、剣技においては誰よりも動けると自負していた。しかし、先ほどの一秒。自分なら、最初の千分の一秒の時点で、灰すら残さず消滅していただろう。防ぐとか、避けるとか、そういう次元の話ではない。天候そのものが襲いかかってきたかのような不条理。
アンの額から、じわりと冷や汗が流れ落ちた。
「な、にあれ……」
絞り出すような声は、水蒸気に吸い込まれて消える。
その隣で、ガートルード=キャボットは座り込みそうになる足を、どうにか支えていた。
マゼンタの瞳が、白煙の奥を凝視している。
治癒の術を専門とする彼女にとって、先ほどの衝突は「破壊」の極致だった。失われた肉体を繋ぎ合わせる余地すらない。存在そのものを消し去る術の応酬。
ガートルードは自身の細い指先を見つめた。震えが止まらない。あれほど圧倒的な力の前にあっては、自分が積み上げてきた治癒の知識など、砂上の楼閣に過ぎないのではないか。そう思わせるほどの絶望的な格差が、そこにはあった。
ユーナ=ショーペンハウアーは、セーラー服の襟元を握り締め、荒い息を吐いていた。
水の魔法使いとして、大気中の水分が瞬時に沸騰し、凍結し、また蒸発したそのプロセスを肌で感じ取っていた。
魔法とは情報のエネルギー化。アリウスが常々口にしていた言葉が、いま目の前で恐ろしい質量を持って体現されたのだ。
ユーナの水色の髪が、湿気で肌に張り付いている。彼女はただ、その超常の技術に圧倒され、知的好奇心よりも先に、動物としての恐怖で体が硬直していた。
そして、天馬蒼依。
ミニ丈の巫女装束をまとった彼女は、微動だにせず、水蒸気の奥を見つめていた。
彼女の胸の奥で、激しい鐘の音が鳴り響いている。
退屈を嫌い、スリルを求めて冒険者になった。しかし、これはスリルなどという生易しいものではない。
大好きなアリウス。いつもは物静かで、おにぎりやピザを美味しそうに食べる、どこか掴みどころのない男。
その男が放った、星すらも砕きかねない術の数々。
天馬蒼依の心臓は早鐘を打っていた。恐怖ではない。いや、半分は恐怖だが、もう半分は、抗いようのない憧憬と、足元が崩れ落ちるようなめまい。
彼女はきつく唇を噛み締めた。これほどまでに遠い。彼が見ている世界は、自分が立っている泥臭い戦場とは、まったく異なる高みにあるのだと、突きつけられた気がした。
水蒸気がゆっくりと薄れていく。
湿った石畳の床の上に、二つの影が浮かび上がった。
アリウスは、黒い衣服の裾を軽くはたいた。
銀色の髪は一本たりとも乱れていない。息一つ乱さず、まるで散歩でも終えたかのように佇んでいる。背中の白い翼は、半ば透き通ったまま、静かに大気を拒絶するように微動だにしていない。
「さすがだね、さゆちゃん。手加減の枠を外しても、傷一つつけられない」
その声には、皮肉も誇りもなく、ただ客観的な事実への感嘆だけがあった。
対するさゆも、桜色の着物の袖をひらひらと揺らし、刀を鞘に収めた。カチリ、と静かな金属音が響く。
十二単の裾には、焦げ跡も、霜も付いていない。
「もんもん、さすが(闇霎の)息子さんの家庭教師の先生の兄弟子だねぇ。わたしの桜も、ちょっとばかし本気で咲かせないと、全部毟り取られるところだったよー」
さゆはケラケラと笑い、頭の上の子狐を指先でつついた。子狐は眠たげに欠伸をしている。
相殺。
あれほどのエネルギーの衝突がありながら、修練場内の構造物には、防護結界の軋み以外に目立った破壊の跡がない。全ての余波が、衝突の瞬間に互いの力で打ち消し合うよう、精密にコントロールされていたのだ。
「……ありえない」
アンがようやく、声をまともに発した。
「魔法と妖術があれだけぶつかって、周囲に被害が出ないなんて……どんな制御をしてるのよ」
「制御、というよりは……」
ユーナが濡れた前髪をかき上げながら、呟く。
「お互いの出すエネルギーのベクトルが、最初から完璧に計算されて噛み合っていたのよ。パズルみたいに。そうじゃなきゃ、今頃ここだけじゃなくて、王都の半分が消し飛んでるわ」
「はわわ……」
ガートルードは自分のローブの裾を握りしめ、二人の怪物を見上げた。
「わたし、あの場にいなくて本当によかったですぅ……。もし巻き込まれていたら、再生の呪文を唱える暇もなかったです……」
蒼依は黙って、アリウスへと歩み寄った。
その足取りは、いつもの軽快さを欠いている。
一歩、一歩、自分の存在を確かめるように床を踏みしめる。
「アリウスさん」
声をかける。
アリウスは振り返り、いつも通りの、人当たりの良い笑みを浮かべた。
「ああ、蒼依ちゃん。見ていたのかい? ちょっと体を動かしたくてね」
「ちょっと、って量じゃないでしょ、あれ」
天馬蒼依はアリウスの目の前で立ち止まり、彼の胸元を見上げた。
彼の体からは、熱も、冷気も感じられない。ただ、微かに香る雨上がりのような匂いだけがある。
それが、あれほどの破壊をもたらす存在なのだと、頭では理解していても、肉体が信じることを拒否している。
「本当に、怪我はないの?」
「ないよ。さゆちゃんの術は綺麗に相殺したからね。彼女の妖力は、木花咲耶姫さまの直系だから、まともに食らうと僕でも魂を持っていかれるけど」
アリウスは平然と言ってのける。
「だーいじょうぶだよ、蒼依ちゃん!」
後ろからさゆが飛び跳ねるように近づいてきて、蒼依の肩を叩いた。
冷たい、しかしどこか温かみのある不思議な手の感触。
「わたしと息子さんのお友達は、これくらいじゃお互いに死なないのん。おままごとみたいなものよ」
「おままごと……」
天馬蒼依は力を抜いて、息を吐き出した。
この雪女の言葉のスケールには、いつも付いていけない。
「でも、凄かった……。わたし、もっと強くならなきゃって、本気で思ったわ」
「なってどーすんのよ。魔王にでもなるのかい?」
銃の早撃ちより速い魔法の早撃ち。念を媒体にしてるからね。でもその分暴走した人は手をつけられなくなる。あとあんまり0.1秒の間に魔法こめすぎると、実力次第で術者の脳みそ爆発する。
