【まえがき】
作者の学生時代、同好会を主宰して書いていた小説の登場人物たちをご紹介したいと思います。最も古い付き合いで、趣味嗜好もばっちり把握していますが、いまだ物語は始まっていません。
短編小説として作品にするには設定が粗雑にすぎるため、近況ノートにて公開することにしました。楽しいだけの物語になる予定ですので、良かったらご覧ください^^
【小説本編】
水網都市クレフォン。「海に浮かぶ紅い宝石」の異名を持つその半島は、十三に区分された王国の軍管区の中でも、最も美しい観光名所として知られている。
この町を管轄する第八軍管区の司令官ライエン・リスティムという男は、軍内部からは「怠惰な遊び人」として嫌煙され、民からは「気前のいい色男」として人気があった。
訓練で鍛えたたくましい長身、癖のある見事な蜂蜜金髪と、晴れた日の空のような水色の瞳。貴族の血を引くので、ある程度の権力と資金力もある。他人の評価をいちいち気にするほどマメな性格でもない彼は、今日も官邸で気楽な生活を送っている。
ライエンは恋多き男ではあったが独身で、父母とも死別しているため家庭を持っていない。年齢は31歳、軍の同期などは子どもの進学について頭を悩ませる年齢である。
そんな彼を哀れんだのか、ある日、神が子宝を授けたもうた。
「ら、ライア様! 屋敷の前に赤ちゃんが……! あ、失礼します」
礼儀正しい執事見習い、エイザーがドアもノックせず寝室に飛び込んできた。
年齢は二十歳だが、せいぜい十代半ばにしか見えない童顔の青年だ。両腕でベージュの布に包まれた何かを抱きかかえている。
それが、エイザーの言うところの「赤ちゃん」なのだろうと推測は出来たが、なぜその子を自分の前へ連れてきたのかが分からない。
「医者が必要なら侍医を呼べばいい。近くに設備のととのった孤児院もあるというのに、何を慌てて私のところへ連れて来たんだ?」
ライエンが首を傾げていると、エイザーの後ろからふたりの少年たちが現れた。ふたりともライエンの護衛兼侍従で、金色と黒色の二色の髪を持つ少年の名はアベル、銀髪の少年の名はウルという。
ウルがびしっとライエンを指さした。濃紺の瞳が怒りに燃えている。
「ライア様、見損なったぜ!」
「……サイテー」
無口なアベルまでもが、端的な非難の言葉を口にする。
「おいおい、待てよ。私が何をしたというんだ?」
カーディガンを羽織りながらライエンが歩み寄ると、ウルが頬を赤らめながら毛を逆立てる。
「ななななにをしたかなんて、そんな破廉恥なことここで言えるもんか! 赤ちゃんの顔をよーく見てみろよっ!」
いや~な予感が鳴り響く中、おくるみに包まれた赤ん坊を覗き込むライエン。
くっきりとした顔立ちの、健康そうな赤ん坊だった。ちょろんと額にうずまく髪はおそらく金色に育つ前の小麦色、不思議そうに見上げる瞳は、空のような薄い青色――。
「どーぉ見てもライア様の子どもじゃないですか!」
叫ぶウル、頷くアベル、半泣きのエイザー。
「種をまくだけ撒いて知らん顔だなんて……そんな無責任な方にお仕えしていたなんて、僕は亡き両親に顔向けできません」
アベルとウルが、エイザーの肩を優しく叩く。
使用人同士仲が良くて結構なことだが、主人がとてもないがしろにされている気がするのは、思い過ごしだろうか。
「お前たち。私の話を聞くつもりはあるか?」
返答は、三者三葉に冷たいものだった。
「この期に及んで言い訳なんて、男らしくない!」
「聞く価値なし」
「潔く罪を認め、神に許しを乞うてください」
中指で眉間のコリをほぐしながら、ライエンは長いため息を吐きだした。
「お前たちの意見はよーく分かった。おい、外にいるんだろう、どうにかしてくれオイルス」
ライエンが呼びかけると、背筋の伸びた老紳士オイルスが控えめな笑みを浮かべながら姿を現した。この屋敷を管理する執事である彼が、こんな大騒ぎを知らないはずがない。
「ほほっ、坊ちゃま。夜遊びをお控えくださいというこの老人の言葉が、少しは身に沁みましたかな?」
オイルスは、ライエンが子どもの頃から仕えている古参の使用人だ。ライエンは素直に両手を上げた。
「あぁ、骨身に沁みたよ。ひとまず何があったのか説明してくれないか?」
全員がリビングルームに移動することになった。