きっかけは覚えてない。いや覚えてる。晴れてると機嫌がいい人がいて、それを見ながら、天気のせいで機嫌が変わるんじゃなくて機嫌のせいで天気が変わるんだとしたら、と思った。それだけ。それだけなのに三部作になった。三部作になる話とならない話の違いが自分でもよくわからない。わからないまま書いた。わからないまま書き終わった。
最初はもっと派手にするつもりだった。姉が本当に天気を操っていて、それが最終的に証明されて、みたいな話。でも書いてるうちに、証明する場面を書こうとするたびに手が止まった。止まって、止まって、また止まって。証明なんて誰もしてくれない。妹は妹の目でしか見れない。それだけの話に、気づいたらなっていた。
削った。削って削って、最後に残ったのは、ノートに丸とバツをつける女の子と、月曜七時に近所の子供が集まってくるテレビと、姉妹と遊ぶようになる男の子だけだった。ファンタジーのつもりで書き始めて、ファンタジーの部分を全部削ったら純文学が残った、というのが正直なところで、これは自分でもちょっと笑った。
語り手が知らないことは書かない。これだけは最後まで守った。妹に見えていないものは読者にも見せない。姉が誰を好きなのか、なぜ機嫌が悪いのか、天気は本当に姉のせいなのか——大人になった今の自分なら説明できる、いや説明できないかもしれないけど、説明できる気がする、いや違う、説明したい気持ちがあるだけで、実際にはできない、多分できない。とにかく説明はしなかった。地の文に大人の自分を一切入れなかった。子供の認知の限界の中だけで最後まで押し通した。
『魔法使いサリー』を時間軸に使った。放送開始から最終回まで。テレビがモノクロからカラーになる日があって、その日から姉の曇り空にも色がついた、という一文だけ置いて、それ以上は何も書かなかった。何かを証明したい誘惑に、何度も負けそうになった。負けなかった。多分。
読み終わっても、結局何だったのかは分からないと思う。分からないまま、妹は台所で湯呑みを洗っていた。それだけの地味な物語。
第一部「耳鳴りの夏」、第二部「色がつくまで」、第三部「読めない空」。読んでください。
https://kakuyomu.jp/works/2912051605743108267
写真も魔法少女。