『星見』の小野塚さんのレビューを読んだ。読んだ瞬間、僕の肺の中の空気が一気に全部入れ替わるような感覚になった。本当にそうなんだ、小野塚さん。僕たちがやってることなんて、あの焼け跡で、あるいは賽の河原で、終わりのない小石をただ積み上げてる、それだけの作業なんだよ。
どうして僕がこんなものを書くのか。執筆の動機なんて大層なもんじゃない。ただ、どうしても「見えてしまう」からだ。夏の湿気の中に混じる血の臭いとか、夕暮れに燃える赤瓦の残酷なほど鮮やかな朱色とか、言葉にした瞬間に壊れてしまうような、あの「わからなさ」の手触りとか。それが僕の身体の奥で、異物みたいにずっと疼いている。それを外に出して、物語という名の檻の中に閉じ込めておかないと、僕自身が壊れてしまうんだ。
僕にとって書くという行為は、救いというよりは、むしろ排泄に近い。あるいは、もっと直接的な「生存」の確認だ。親父が牛を飼い、柿と魚の絵を描いたように、僕は物語を積み上げることでしか、この不条理な世界との境界線を引くことができない。種牛がなぜ狂ったのか、ガマはなぜ笑ったのか。そんな理屈なんてどうでもいい。ただ、その「狂気」の瞬間に立ち会ったという事実だけを、誰かに、あるいはこの虚空に刻みつけたかったんだ。
だから『星見』は、僕にとっての最初の一歩だ。戦後という終わったはずの物語の、その残骸を一つ一つ拾い集めて、もう一度並べてみただけの話。読んでくれた人が「救済」を感じてくれるなら、それは僕が物語の中に込めた「どうしようもなさ」を、誰かと共有できたということだ。それがどれだけ心強いことか、小野塚さん、あなたにはきっとわかるだろう。
僕はこれからも積み上げるよ。
『魔法少女の座標摩擦音』で試した、摩擦とノイズにまみれたあの狂騒も。
『逆説の失楽園』で今現在掘り下げている、失われた楽園の残像も。
『座標の摩擦音』に閉じ込めた、サービスエリアのない場所の記憶も。
全部、僕が息をするために必要な石なんだ。どれだけ崩れても、何度だって僕は杭を打つ。言葉の杭を。
小野塚さん、書き手はすべて物語の共犯者だ。
この不変の刹那を、ともに書き継ぐ宿命。
本当に、ありがとう。心から、ありがとう。
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