https://kakuyomu.jp/works/16816700427807848148/episodes/16818622174834246521沈没ライフ最新話公開です。今回は美岬の島に伝わる奉納舞い衣装に隠された秘密に触れます。
◻️スローライフの到達点、江戸時代を語る③◻️
究極のエコ・リサイクル社会のモデルケースとも言える作者の大好きな江戸時代の凄さを語るシリーズの第三弾は江戸時代のリサイクル業者のお話です。
江戸時代から日本人は創意工夫することに労を惜しみませんでした。需要さえあれば何でも商売のタネになりました。そう、排泄物さえも。
そんな江戸時代、これは売り物になるかも! とキュピーンと閃いた人は思い付いた商品やサービスに必要な道具を入れた木桶、木箱、カゴを前後に取り付けた天秤棒を振り担いで売り歩きました。そう、棒手振り(ぼてふり)です。振り売りともいいます。
調べてみるとこの棒手振りは本当に無法地た……じゃなくてアイディアの宝庫でありとあらゆる商品が取り扱いされていました。市場で仕入れた魚や畑で取れた野菜を売り捌いたりといったメジャーなものから、砥石を持って行って刃物の研ぎをしたり、暑い日に家の前に打ち水をする夕立屋なんて変わったサービスの商売もありました。
当然、リサイクルに関する商売もたくさんありました。
例えば『灰買い屋』。竃で調理をしていると毎日たくさんの灰が出ます。しかし、沈没ライフの読者様であればご存じだとは思いますが、灰って色々と用途があるのです。土壌調整の肥料とか、焼き物の釉薬とか、他にも染色などにも使います。なので竃で出た灰を取っておくと、灰買い屋が巡回してきて灰を回収し、それは灰問屋に運ばれ、必要な業者に売られました。
例えば『古傘買い』。昔の傘は竹の骨に油紙を貼った蛇の目傘だったわけですが、破れやすく壊れやすかったのです。そんな壊れた傘を買うのが古傘買い、別名古骨買いです。蛇の目傘の骨の構造は非常に繊細で複雑なので、これを一から作るより、壊れたものを修理する方が楽だったんですね。壊れた傘は傘屋が買い取って修理して再販売し、破れた傘の油紙も肉や魚の包装紙として再利用されてたそうですが、衛生的にはそれどうよ? って感じですね。
そして、割れた陶磁器の修理をする棒手振りもいました。『焼き継ぎ屋』という商売です。一応、昔から割れた陶磁器を直す技法は日本にはありました。漆(うるし)を接着剤として使い、表面に金粉をまぶす金継ぎ(きんつぎ)という技法です。これに関しては作者の最推しVTuberの儒烏風亭らでんちゃんが配信でさんざん語っているのでそちらを観てもらえばいいとして(推し布教)
金継ぎはとにかく割れた箇所が目立ちますし、時間と手間と費用がかかるのであまり庶民に普段使いの食器の修理向けではありませんでした。そんな中、18世紀末の寛政の頃に焼き継ぎという技法が生まれ、19世紀初期の文化の頃には江戸で大繁盛して、新しい焼き物が売れずに瀬戸物屋が困ったという逸話もあります。
焼き継ぎとは、通称、白玉粉と呼ばれる鉛ガラスの粉を糊で練った接着剤で割れた陶磁器を繋ぎ、七輪などの低火度の熱源で焼いてガラスを融かして接着するかなりお手軽な修理技術で、修理箇所が目立たず、値段も安く、焼き継ぎ屋が各家を回って気軽に直してくれたので大人気の商売でした。
まあこんな感じで江戸時代は本当に物を大事に長く使うという精神が浸透していたのでありとあらゆるものを徹底的にリサイクルしていたんですよね。知れば知るほどに魅力的な江戸時代。少しでも興味をもっていただけたら幸いでございます。