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【方角企画】みち(泡沫 希生さん)への感想

泡沫 希生さんの「みち」
https://kakuyomu.jp/works/2912051603524465195/episodes/2912051607382297314

この作品に対する感想です。

流石に応援コメント欄に貼るのに気が引けるくらい、非常に長い感想文になってしまったので、あちらには省略したものを。全文はこちらのノートに貼っておくことにしました笑

大事な部分は省略版に載っているので、特にお読み頂かなくて全く構いません。

以下本文↓



南を意識されているということであまり意図を深堀しても仕方がないのかなとも思ったのですが、北の可能性を示唆していらっしゃるのと、「哲学の香りがある」というご自身の評も踏まえると、意図を深読みしてみたくもなり、そのつもりで読みました。まずタイトル「みち」は「道、未知、満ち」等の含みがありそうだなと予想。

ざっと読んでみると、一つ一つの言葉には断片的に必要な意味がありつつも、全体的には構造的な意味づけの方が強そうだなという印象を受けました。頭の中から混沌としたまま引きずり出した言葉の群れに対して、属性を意識して仕分けてある文章のような。

散文詩的なブロック(Aとします)と、頭文字をそろえた四語のブロック(B)と、ルビを利用した記憶の断片のようなブロック(C)。これが三回繰り返されているので枝番で1,2,3として読んでみます。

A-1ではかなりカオスな言葉の連なりに見えますが、なんとなく夏の情景がぼんやりと浮かびます。語り手の今現在の気持ちや感覚みたいなものかなと感じました。何かを探している、時間が足りない、手に入らないものを美しく仕立て上げて他人事のように観ている、正解を取り逃した感覚。その正解を見出すために、かき乱したくなる衝動を抑えて愛情深く全てを良しとすることを任務と感じている。つまりそうしたいというよりもそうしなければならないと感じている。そんな印象を受けました。

B-1はA-1の語り手に対して、そのそれはあれてこうでと正解を教えようとして、でも「今日の任務である」に対して「そう」と諦めや容認の意思を見せたような雰囲気がありました。

C-1はA-1よりも感情の乗りは浅くて、もっと記憶の断片みたいなニュアンスを感じました。笑ってた、楽しかった、恋しかったという直接的な感情語彙が含まれていたり、「~~だったから~~かも」みたいな、少し文体的には整理されている感じ。過去を思い返してレシートに出力し、但し書きしているということでしょうか。「正解」を探す作業の一環なのかな?

A-2ではどこかを歩いて風景を眺めながら感情を滲ませている感じ。個人的には何となく江の島辺りを思い浮かべて、歌う鳥は鳶を想像しました。
オフシーズンの寂寥感とイベント時のギャップとか。なかなか補充されない自販機や潮風で痛んだ螺旋階段なんかが想像力を掻き立てます。それらを見て過去のページ(=思い出)や「行き着く先のことを考えるのは苦手だったらしい。」と当時の自分を思い返して、いや、違うかも、全ては海に溶けて消えてしまう(=ほとんど忘れてしまっている)と消極的な気持ち。

B-2では、A-1の文中にある「いつかといつからかといつだっては、近いし遠いし、懐かしいし、かき乱したくなるものだ。」と対応してるような感じですね。そんな不安定なものが、「1」に収束する。あるいは「位置」を教えようとしているとかでしょうか。

C-2はC-1と違って、外交的というか、コミュニケーションを伴う記憶の断片という感じ。色んな誰かの言葉が蘇って、それに返信する必要を感じている?
これも「正解」のための作業の一環かなという感じ。

A-3で、「幻聴」という言葉が出ます。Bのブロックはすべて「」で囲まれているので、それを指しているのかなと思いました。それらは「正解」を知っていて教えてこようとしていたけど、笑って飛んで行ってしまう。
「立ち入り禁止」はA-2でも「通行禁止」が登場しているので、その先ということ、つまりA-2の地続きで歩いているイメージが湧きました。ルート二や波なんかで数学的イメージを連想して、「解はいくつあっても構わない」というのは、ここで「正解」に対する考え方に変化が生まれているような気がします。
「十ページほどの過不足」は何かを忘れているということ。それを足すために、A-2で「全ては海に溶けて消えてしまう」としていた海からわざわざ這い出して足跡を付けていく。
このイメージから、A-1で何か大切なものを探す必要を感じて、正解は過去にあると考え、A-2で懐かしい場所を歩いて記憶をたどる。でも消極的。そしてA-3で「解はいくつあっても構わない」と前向きになり、海から這い出して足跡を付けだす。迷子が家に帰っていくのは記憶や気持ちの整理を付けていくことを象徴していて、家のないものは雲の上に昇華するか海の中へ溶けて消えるか、柱の陰で保留されるか。何を思い出にするか、何を素材にするかも自由だ。「黒い写真」はここに至ってもまだ見通せない「大切な何か」なのかなと。

B-3は、笑って飛んで行った「正解」を知る者の、語り手がいつか何かを見つけられるまで焦らずに待つという留保宣言でしょうか。

C-3は人との関りを踏まえた上での、C-2よりも距離のある過去形の整理された記憶。イメージ的には色々と思い出しながら砂浜に木の棒で落書きをして、そこを葉っぱが吹き抜けていったような感じ。

総じて、Aのブロックでは「正解」を探すために懐かしい『道』を辿り、「解はいくつあっても構わない」に至り、記憶や気持ちを整理しながら、これからどうするかを考えながら踏み出していく。
Bのブロックでは「正解」を知る『未知』の存在がやいのやいのと正解を教えようとして来ていたのが、最終的には「待つ」に転じる。
そして、Cのブロックは、これから「帰る家」を探す色々な記憶が『満ち』ていることを表現していて、それを一筆書きのように書き連ねたものなのかなと感じました。

この整理が的外れな可能性は十分にあると思いますが、少なくともこのブロックの配置の仕方に何らかの構造的な意図が含まれているのは確かなのかなと思っています。
A,Bブロックは1,2,3で語り手の脳内が整理されていくカタルシス的構造になっている気がするので北西的な要素を感じつつも、その作為の香りは巧妙に隠されていると思いました。またCブロックだけを抜き出せば1,2,3にあまり展開というものは見られず、記憶の断片の羅列の末尾にその性質を書き添えて、カテゴリ分けして置いたもの、という感じなので南要素が強いと感じました。
結果的に方角は西南西くらいになるのかなという感想です。

ご自身で仰られていた「そこはかとなく夏の匂いと哲学の香りがある気がする」が、凄く腑に落ちた気がしました。読み解くごとに色々な発見のある、とても面白い作品でした。

(以上)



ちなみにこちらの作品は、
フィンディルさんの自主企画『あなたの小説の方角はどちら?』参加作品です。https://kakuyomu.jp/user_events/2912051603133175439

※参加期間は終了しています。

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