先日、世界の民話をテーマにしたお話し会を終えて、いろいろ考察したので忘れないうちに覚え書きしときます。興味ある方だけどうぞ。
30分で絵本3冊(3カ国)×2回、計6冊を読みました。
以下、私が気付いたこと、考えたことまとめ。どこかの誰かの参考にもなれば。
①「世界の半分をお前にやろう」
・初代ドラクエ世代なら誰もがピンとくるこのセリフ。元ネタは世界の民話でした。
私が読んだ6冊という少ない範囲の中で、ハンガリーとチベットの民話に登場。
全てのお話を聞いてくれた男の子が「また…?」と反応してくれました(笑)
・ハンガリーとチベット。文化圏が全く異なるように思える二つの国に同じパターンが登場したことを、歴史的な観点から考えると…
ハンガリーは東方の騎馬民族(モンゴル)の支配下に入ったことがあり、チベットにも高原を支配する騎馬民族が存在して、中華圏の支配を巡りモンゴル側と複雑な協調や敵対関係を繰り返してきたという史実があります。
そういう衝突の側面で文化交流が促され、伝統的な物語の要素が混ざり合うことは、当然あったでしょう。
・文化交流がなくとも、所領を君主が配分する制度のある土地では、普通に思いつく展開なのかもしれません。
土地を配分するやり方は、土地が有限であるため、最初はよくても必ず行き詰るもの。また、最初は開墾の必要があるためどんどん所有権を与えて生産性を上げた方がいいけれど、成果が上がってくると、今度は土地を取り上げて必要以上に蓄財させないよう心配りする必要が出てくる(謀反を起こさせないため)。
ゆえに、「国を半分…」などと無邪気なことをのたまう権力者が登場する昔話は、権力構造が確立されたごく初期の時代に生み出されたものと考えることができるでしょう。
・ちなみに日本では鎌倉時代に開発可能な土地がなくなってきて、所領相続のルールが見直され、嫡子に単独相続される制度が固まって、それが昭和初期の時代まで(下手すると今でも)生きていました(それまでは女子にも相続権がありました)。
②シベリア民話に登場する熊からの恵み
・ツンドラ地帯に住む娘が、霧の中で遭難して美しい女性に助けられ、別れ際に「まほうのたいこ」をもらう。去り行く女性の後ろ姿は熊でした。
祭りの際、シャーマンに混じってそのたいこを叩き踊ると、様々な自然の恵みを得ることができた…というお話。
・アイヌ民族の「イオマンテ(熊送り)」の儀礼など、特に熊に対する神聖視といった、特別な民族感情を想起させるお話。北方の極地に住まう人々に共通の精神性を感じさせられます。
・アイヌとシベリアの文化的経済的交流については、『まぼろしのデレン―間宮林蔵の北方探検』という別の絵本を読むと、その実態がよくわかります。
江戸幕府の命令で樺太の奥地を調査するよう命じられた御庭番・間宮林蔵の調査記録ですが、これを読むと「シベリアの海岸に夏の間だけ<デレン>という交易の街が現れ、南は清や朝鮮から北はシベリア、アイヌの人々も含めて北限の市場が開かれていた」という現地の状況がよくわかります。
・文化的経済的交流があったということは、移住したり結婚したりする人々もいたことでしょう。気候条件の似た土地に住み、熊狩りの伝統を持つ人々の間で語り伝えられる物語が同じ色彩を帯びるのは当然のこと。
人工的に引かれた国境で人間集団を機械的に分けてしまうことの乱暴さと危険性を考えさせられます。
③共有記録媒体としての民話
・民話や昔話はただ面白いから語られるのではなく、知恵や知識の継承、時代の変化の記録といった側面があります。それが如実に表れている点がいくつも見受けられたので、国別に考察記録を残しておきます。あくまで個人の見解です。
<スコットランド>
・海から山へ急いで行きたい少年を、稚魚の時に助けた鮭が手伝ってくれる。海から川に入り山頂の巨人の城へ。鮭の生態を正確に伝えている。
・イラクサで巨人のベストを編まされている少女に、イラクサには特別な力があるとアドバイスが入る。
「イラクサのベスト」が登場する物語で一番有名なのは「白鳥の王子」だと思うけれど、同じような効果を発揮。
これらの物語に登場するのはセイヨウイラクサで、葉に棘がある反面、加熱すれば無毒化し、様々な効能を持つハーブとして使える。
医療が発達していない時代には必要な知識。
<チベット>
・明日殺される運命の母羊が、子羊に群れでの過ごし方を教える。
「一番前では狼に狙われ、一番後ろでは羊飼いに鞭に打たれる。真ん中あたりでおじさんについていくのが一番良い」
人間にも通じる処世術と言えないだろうか。
<シベリア>
・シャーマンの踊りの際に少女が自分も舞いたいと言い出し、陰で嘲弄や非難されるが、彼女の踊りのお陰で自然の恵みがたくさんもたらされる。
社会通念上、シャーマンを敬いその儀礼を邪魔してはいけないという感覚がある一方で、シャーマンの儀式が形骸化し、その地位が既得権益化し、本当の祈りを捧げる価値あるシャーマンはいなくなっているというような、今の宗教界に通じる人々の実感があったのではないか。
<ハンガリー>
・主人公が王様に出された難問をクリアした結果、姫と結婚させ世界を半分やろうと言われたが、主人公はそれを辞退し金貨だけもらって実家に帰る。
ハンガリーは土地柄、東から西から様々な権力集団に狙われ、分割支配されてきた歴史があるが、常に独立への希求を保って闘ってきた印象がある。
権力者に簡単に迎合しないという独立心旺盛な民族の精神が表れているのではないか。
<フランス>
・農民の夫婦が狼に狙われ、撃退し、また狙われ、以前撃退した方法を利用してまた撃退する。狼は最初は1頭だが、次には群れで現れる。
狼は基本群れで行動する動物であり、成熟した雄は生まれ育った群れを離れて一度一匹狼となり、その後に自らの群れをつくるか誰か別の雄をリーダーとする群れに入る。こうした生態を正確に描写している。
また、以前の獲物に執着しながら、かつて痛い目に遭った記憶を思い出すと一目散に逃げるという、賢さと臆病さを併せ持つ生態を描いているとも感じられる。
(落語的なオチなので、単にフランス人のエスプリが効いた話ってだけかもしれない。)
<オーストラリア>
・大きなカエルが川や泉の水をみんな飲み干し、他の動物たちが困ってしまう。
どうしようか相談した挙句、カエルを笑わせたらいいんじゃない?という結論に。みんなが一芸を持ち寄ってなんとか笑わそうとする。
結局、途中で怒りまくったウナギがやってきて、そのあまりの怒りっぷりに自分で蝶々結びになっちゃって、カエルが大笑いして水を吐きだし、再び大地が潤ったというオチ。
カエルは笑っていると気分がいいことに気付き、「それならずっと笑っていればいいんだな」と悟って話が終わる。
迷惑なカエルを倒すんじゃなく、笑わせる。笑っている方がいいとのメッセージ。これは人類が共生するための最大級に大切な知恵である。
ウナギの過ぎた怒りが滑稽なものとして描かれるのも、一貫している。
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語り継がれてきた民話は大人になってから触れてみると、その奥深さや隠された意味に気付くことができて、まるで宝探しのような読書体験になります。
どんなにエンタメが進化しても、忘れ去ってはいけないものではないかなあと思います。