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「シートン動物戦記」(芝村裕吏)

以下ネタバレ含む。

獣人原種を含む人間との混成部隊が、民主主義を標榜する共和国と戦うオハナシ。

「馬鹿だバカだ」って云うヤツほど己の馬鹿さ加減を露呈している、という教訓。

ルール=法則、護拳(=ナックルガード)、というカタカナ外国語は外国語として扱う(主人公は基本使わない)使い分けは相変わらず徹底している。

近年のラノベに良くあるほうの「天丼」が時折使われており、ちょっと気になった。いやラノベだから良いのか。
あんまり使ってなかったと思うんだが。わたしが意識していなかっただけか。
獣人の嗅覚が異様に鋭い、という描写で、内心を看破されている、というアレである。

獣人原種は、おそらく殆どが首長制、もしくは大きな家族・一族くらいの認識の合理主義者。かつて賢人王のもと、国を作って居た、という口伝は残っているが、文字や文献は無い。瞬発力に優れるが持久力に欠ける。あと飯はヒトの3倍食べるぞ。

教訓はやっぱりみんな違ってみんないい、なのか。多様性って思ったより奥が深いぞコレっていうか。

対象を、理解もしないで、排斥も保護もできねえだろっていう。

あと寒いのとひもじいのと眠いのは堪える。
そして「やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい」にもあったが
人間はクソ袋なので胴斬りにすると臭せぇ。


で、読後感想から、自分自身に持ってくると、

仕事で関わる「他人」というものが(理解できるとは到底思えないが)理解しようとする試みが、人生っていうものなんじゃなかろうか?

と思ってみようとして、これまた救いが無いんだが、まあ仕方ない。
ヤスパースは神様が存在する、っていう前提で哲学してたから。

なるほど、あれだけ私利私欲を戒めたと思われるブッダが、物凄い大金持ちとお友達だった、という逸話もよくわかるわー。私みたいなタイプは宝くじでも当てて、大金という手段でもって社会と関わるほうが絶対うまくいく。
コミュニ?ケーション?なにそれ美味しいの?っていう。そもそも「他人」にあんまり興味がないんだと思う。
結局、気を使うかアタマを使うか身体(腕~手先)を使うかしかないんだけど。

そろそろ自認が「生ける屍」になってて、
「転生してないのにアンデッドな件」ではある。

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