（本話は旧バージョンとなっております）
「その……、ティア？」
「なんですの、リン。聞こえていなかったのでしたら、もう一度言ってもよろしいですわよ？」
「聞こえていたわよ。だけど……」
悪役令嬢担当の｜中宮《なかみや》さんは困惑を隠せていない。対してティア様は邪悪な笑顔でふんぞり返ったままだ。
中宮さんの気持ちはわかる。それくらいの爆弾発言だったのだから。
以前に一度、似たような会話をしたことがあるが、あの時はティア様の覚悟を示す仮の話だった。
けれども今回は……。ティア様がマジで言っているというのは、嫌でも伝わってきたんだよなあ。
「ワタシは大歓迎デス！」
「ちょっと、ミア。今は静かにしていなさい」
クラスメイトの大半が難しい顔をしている中、能天気エルフなミアが脳みそ空っぽ発言をし、いつになく真顔な｜綿原《わたはら》さんに諫められている。
ざっと見たところこの状況を楽し気に見ているのは、俺の親友｜夏樹《なつき》、その姉の｜春《はる》さん、チャラ子な｜疋《ひき》さん、そしてイケメンオタの｜古韮《ふるにら》くらいだ。
大喜びしそうなロリッ娘の｜奉谷《ほうたに》さんは、腕を組んで考え込んでいる感じか。結構意外だな。
医者の卵な｜田村《たむら》や、ヤンキー｜佩丘《はきおか》あたりが難しい顔をしているのは当然として、あの｜上杉《うえすぎ》さんまで笑顔を引っ込めてしまっている。
｜滝沢《たきざわ》先生は……、普通か。ポヤっとしたままの｜深山《みやま》さんと同じく【冷徹】を使っているんだろう。
「あらあら、わたくしこれでも本気なんですのよ？」
「それがわかっているから驚いているのよ」
優雅にのたまうティア様は決意を表すかのように本日も革鎧を着こんでいる。最近はドレス姿がめっきり減ったよな。
応対している中宮さんはがっくりと肩を落として、しなびたような声になってしまっているけれど。
「……先生、お願いできますか」
「はい」
脂汗を額に浮かべた｜藍城《あいしろ》委員長が、ついに先生に泣き付いた。さもありなん。これは政治……、しかも国家レベルの問題だ。もう先生に委ねるべき案件だろう。
【冷徹】効果で穏やかな表情を固定した先生が、ティア様の前に進み出た。
「リンパッティアさん」
「なんですの？」
先生は敢えてティア様の名をフルで呼んだ。だがティア様はそのこと自体を口にせず、ごく自然に聞き返す。
もうこのやり取りだけでも、クラスメイトたちに緊張が走るのだ。一部を除いてだけど。
果たしてここから先生はどう切り出すのか。
「まず確認しておきます。ご両親の許可はもらっていますか？」
「ええ、ええ！ もちろんですわ！ ペルメッダの恥とならぬよう、敢然と迷宮に挑めと、背を押されましたわね」
「……そうですか」
友達の家に泊まりに行く子供に対する声掛けのような先生の問いは、自信満々の返答で不発に終わった。
一拍遅れた返事こそが、先生の心中を表しているんだろうなあ。
「ではお兄さんは」
「笑っていましたわね。リンらしいとか」
「……そうなんですね」
苦し紛れとしてもかなり無理やりな確認だったけど、それもダメか。
表情こそ穏やかな先生の頬を汗がつたう。
どうなってるんだよ、侯爵家は！
激励する両親も、笑って送り出すウィル様も何を考えているんだ。
ああ、なんてことだ。なんかその光景が頭の中で映像化できてしまうんだよなあ。音声付きで。
書状のひとつくらいあってもいい気もするが、あの侯爵一家を知っていると、こんなノリでも不思議に感じない。
むしろティア様が冒険者になってから、抜き打ち家庭訪問とかをしてくるタイプの人たちだ。
「ではあなたは、侯爵家を離れると」
「ええ。冒険者となるからには、当然のことですわ！」
「ペルメッダの国籍も」
「そうなりますわね」
淡々と問い掛ける先生と、元気溌剌に答えていくティア様……。どうしたものだか。
冒険者となるために必要とされる前提は、無国籍であることだ。平民であることは絶対条件ではないにしろ、国籍を持たずに爵位を叙されている者などそうはいない。
まあ、例外に当たるのが目の前で説得に難航している先生なんだけどな。ほかに知る限りでは冒険者組合長のベルハンザさんが該当するが、アレは外交大使クラスの優遇をしているんですよという意味合いだ。先生のは功績によるものなので、何か起きない限り永続するが、組合長の名誉男爵は辞めたら消える爵位だな。
さておき、ティア様が冒険者になるためには、国籍を抜く必要がある。爵位も失うことになるだろう。あの侯王様が自分の娘だからと、ティア様の所持する男爵位を名誉男爵とかに切り替えるとかするとは思えないし。
「推薦はどうするのですか？」
「あら、わたくしとメーラの戦いっぷりを最も知る方々が、ここにいるではありませんの」
「わたしたちを……、当てにするのですね」
「わたくし、冒険者になると決めたからには、手段を選ぶつもりはありませんのよ？」
冒険者になるために必要となる、既存の組からの推薦状という角度から切り込んだ先生だったけど、ティア様は悪役令嬢モードで無茶を言い出した。紹介者は当たり前のように俺たち『一年一組』ときたか。
実にティア様らしい。
「ですので先にお見せしますわね」
「何を……。爵位返上願いと、国籍離脱届」
ティア様の視線による指示を受けたメーラさんが、手にしたカバンから取り出したのは四枚の羊皮紙。それを見た先生が、ついに顔色を変える。
『爵位返上願い』に『国籍離脱届』。
俺たちがフェンタ領でサインしたのとはちょっと書式は違っていても、意味は同じだ。そして二枚が二セット。サインされている名前は、ティア様とメーラさんだった。
つまりこのお二人は、すでに貴族でもなければペルメッダの国籍も持っていない。ただの平民だ。おいおい、突っ走りすぎだろう。
これにはさすがに皆も静まり返る。
今更だけど、騎士爵のメーラさんまで巻き込んじゃっているのか、ティア様。
しかもメーラさんの瞳の色からして、この守護騎士さんは完全に、しかも前向きに受け入れているっぽいんだよなあ。
「もうひとつ、公式な書面ではありませんが……。メーラ」
「はっ」
一瞬だけ苦い表情になったティア様が、それでも悪役令嬢スマイルを取り戻しつつ、メーラさんに次弾を要求した。まだ何か出てくるのかよ。
メーラさんがうやうやしくティア様に手渡したのは、丸められた紙だった。羊皮紙ではないってことは、重要な書面ではないのだろうけど……、いや待てアレってまさか。
ティア様が両腕を使い黙って広げた紙を見た一年一組の面々が揃って驚愕する。
あの疋さんやミアまでもがだ。
『凛溌帝亜・深・辺流迷陀』と書かれた縦長の紙。
家宝にするとまで言っていた大切なモノだったはずなのに、『深』の箇所には黒く太い横線が引かれている。
これは……、中宮さんの書に対する冒涜などではない。ティア様は、断じてそんなことをするようなタイプじゃないのだ。もしもやるなら、本人の目の前で破り捨ててから高笑いをするのがこの人なのだから。
つまりこれこそが平民として、無国籍者として、そして冒険者として生きていくのだという、ティア様の決意表明だ。
こういうのは俺たちを説得し終えてから、実はすでにって感じで後出しするのがカッコいいと思うのだけど、ティア様はそういうまどろっこしい人ではなかった。彼女はいつだって俺の想定を、想像通りに超えてくる。
まさに有言実行、即断即決。そして傲岸不遜。脅しでも無理やりでも、情に訴えてでも、使える手段を全部使って自らの要望を飲ませる行為は、まさに悪役令嬢の貫禄だ。
「わたくしはすでにリンパッティア・ペルメッダ。国籍を持たない、ただの平民ですわ！」
そう宣言した彼女は、どんな想いで一本の線を引いたのだろう。友として、師匠としての中宮さんから授かった書に……。
「メーラハラさん、あなたは納得しているのでしょうか」
「もちろんです。わたしはリン様の守護騎士……、ではなくなりましたが、それでも」
矛先を変えた先生の問い掛けにメーラさんはいつになく流暢に返した。
「わたしが守るのはリン様の御身だけではありません。心を、その美しいご意思こそを守護するのが……、わたしの本懐です」
決意のこもった濁った瞳。そこにかすかに光る何かがある。
ああ、これはもう、俺たちの負けなんだろう。
佩丘が深いため息を吐き、｜田村《たむら》が面白くなさそうに肩を竦めている。俺たち一年一組が、ティア様とメーラさんの心意気に呑み込まれているのを肌で実感できてしまうのだ。
「バカげてるし、先のことを考えているとは思えない行動だけど……、嬉しくなってるの、わたし」
「俺もだ。ああいうのをカリスマって言うのかな」
「そうかもしれないわね」
感極まった声の綿原さんが泳がせているサメは元気いっぱいだ。
「最後に確認をさせてください。たとえば明日、わたしたちが帰還の手段を見出したなら──」
「即座に故郷に戻ることをお勧めいたしますわ。そして、わたくしは全てを賭けて、その手助けをすることをお約束いたしましょう。それもまた、わたくしが『一年一組』に入る目的のひとつでもありますのよ！」
最終確認をした先生にぶつけられたのは、ティア様の俺たちに対する真摯な想いだった。
婚約破棄が成立したことによる刹那な衝動もあったのかもしれないが、ティア様はちゃんと考えてたんだな。
すでに俺たちは、アウローニヤで良くしてくれた人たちとの別れを経験している。ほとんどが年の離れた大人たちだったが、旅の最後で泣き崩れてくれたガラリエさんみたいな人もいた。
そしてひとつだけ年上のリーサリット女王。立場と情勢もあって彼女と接する時間こそ多くはなかったが、それでも心は通じ合えていたと思う。
キツいんだよな、誰かとお別れするって。
そしていつか、ティア様やメーラさんとも。
俺たちが帰還を目指すからには、別離はいつかやってくる。それでもティア様は、それが明日でも構わないと言い切った。
「もちろんその際、預けている宝玉を返してもらう時間はいただきますわよ？」
「……敵いませんでしたね」
こうなればもう、先生も敗北を認めざるを得ない。
平民となってしまっているティア様とメーラさんを見捨てるという手段を取れない以上、彼女たちを『一年一組』に迎え入れる以外の選択など、すでに無いのだ。
そもそも先生は悪役令嬢っぽいティア様を最初から気に入っていたし、言動にも好感を抱いていたはずだ。逆にティア様は先生のことを師匠としてだけでなく、個人としても尊敬している。
相思相愛なんだよなあ。
「こんなに頼もしい二人を別の組に取られるのは、あまりにも惜しい。そうなのでしょうね」
「さすがはタキザワ先生、わたくしたちのことを買ってくださっておりますのね！」
「騎士職のメーラさんは引く手あまたでしょうが、拳士で元侯息女のティアさんなど、ほかの組では持て余すでしょう」
微妙にティア様をサゲるようなコトを言う先生だけど、【冷徹】を使うまでもなく表情は穏やかだ。
ティア様もそれに文句などつけはしない。
迷宮戦闘に向かないとされている拳士系のアタッカーであっても、ウチにはそんな常識をぶちのめすお手本がいる。
たとえティア様の持つ政治的背景が重たかったとしても、俺たちはそんなことをものともせずに迷宮に挑むし、彼女はそれを望んでいるのだ。
ペルメッダに来た当初なら、絶対にこんな考え方はしなかったろうな。とくに政治的な要素で。
俺たちはティア様や侯爵家の人たちを知りすぎたんだ。
「わたしからはここまでです。みなさん、各自で意見を出し合ってください」
ここで先生は仲間の一人に戻った。つまりは二十二名の中の一人として流れを見守るという、いつものポジションに。
「あー、俺は賛成だ。ティア様が『一年一組』の仲間になるのは個人的に楽しいし、嬉しい」
手を挙げながらそんなことを言う古韮は本当に嬉しそうに、ニヤニヤと笑っている。
こういうところでノリのいい古韮は、別れよりも今現在の楽しさに重きを置いているんだろう。刹那的な楽しさに偏るタイプなんだ。
別れにビビらず今を明るく生きるなんて完全に陽キャサイドだけど、古韮はこれでオタだっていうんだから、よくわからないヤツだよなあ。
「申し訳ありません。聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「なんですの？ ミノリ」
ここで小さく手を挙げた上杉さんが口を挟んだ。こういうシーンでは珍しいな。ティア様は鷹揚に先を促す。
「政治的な意味はあるのですか？」
「皆無とは思いませんわね。とはいえ、誓ってわたくしに含みはありませんわ」
「……そうですか。ありがとうございます」
妙なやり取りにそこかしこで首を傾げるヤツらが続出するが、上杉さんはティア様の短い返答に納得したようだ。
疲れた顔なクセにこの時だけは委員長もメガネを光らせているし、これはあとで日本人だけになった時にネタバレをしてくれるパターンだろうか。
「わたしからも一つ確認させて、ティア」
「いくつでも構いませんわよ？」
「ティア、あなたは冒険者になりたいの？ それともわたしたちと一緒にいたい、どちらが重要なのかしら」
古韮や上杉さんとは違い、キツ目の顔でティア様に問いをぶつけたのは中宮さんだった。
正直、誰もが思っていて、口にしにくい質問ではあると思う。先生がたぶん敢えてボカしていた部分に、中宮さんは木刀使いらしく真っ直ぐに切り込んだ。
「愚問ですわね。そんなの両方に決まっていますわ！」
ティア様の答えは、まさに悪役令嬢を体現するかのように、強欲そのものだった。望むもの全てを手に入れたいという意思が、彼女の邪悪な笑みから伝わってくる。
「ぷはっ、そうよね。それがティアよね。あはっ、あははは」
ティア様のセリフを聞いた中宮さんはため息のひとつでも吐くかと思えば、なんと吹きだし、そこから腹を抱えて大笑いだ。
こんな中宮さんを見るのは初めてかも。
「わかった。賛成するわ。わたしもティアと一緒に戦いたいって思う。同じ組の仲間として」
そして中宮さんは賛同の意味を込めて真っ直ぐ上に手を伸ばす。すでに吹っ切ったのだろう。彼女の瞳にはもはや少しの曇りも有りはしない。
口にはしないが俺にも考える部分がある。
俺たちが断ったらどうする気だったのかは、最早意味を持たない。
そっちじゃなくて、俺たちがいなくなったあとの話だ。ティア様が別の組に伝手を持っているのかどうかは知らないけれど、以前の会話に出てきたように、侯爵令嬢が冒険者なんてやっぱり無理でした、なんていうのは通用しない。あの侯王様だって認めない予感がある。
ティア様とメーラさんの立場なら、考えれば考えるほど軍に入る方が筋が通しやすいんだよな。ネックになるのは神授職が【強拳士】ってことなんだけど。
でもまあ、出会ってから一番と言えるほど生き生きとしているティア様を見てしまうと、これでいいかなってなってしまうんだ。
「そろそろいいかな。決を採るよ」
中宮さんの大笑いのお陰か、少し力を取り戻した委員長が多数決を始めた。すでに大勢は決した感じがあるし、確認作業に近い行為だよな。
「ティア様と一緒に冒険者になるなんてね。初めて会った時なんて、仲良くし過ぎたらアウローニヤの女王様に申し訳ないって言ってたのに」
「メイコっ、意地が悪いですわよ！」
なるほど、奉谷さんが考えてたのはそういうことだったのか。
ティア様の叫びと共に、談話室が笑いに包まれる。
彼女たちと対面してから二十日くらいか。気付けばお互いこんな関係になっていたんだな。
◇◇◇
「さあ、早速登録にまいりますわよ。タキザワ先生、推薦状をお願いいたしますわ！」
ティア様改めティアさんが先生を急かす。
一年一組全員による多数決は、もちろん満場一致の結果となった。
『これよりわたくしに様を付ける必要はありませんわ。平民同士ですもの。口調も好きになさいませ！』
結果として新たに二人のメンバーが『一年一組』に加入することになったのだが、その際にティアさんがテンション高く言い渡したセリフである。
相手が偉くて二歳年長だから俺や綿原さんなどは敬語を使っていたけれど、一部のメンバーはこんな事態になる前からとっくに口調は砕けていた。さて、俺はどうしたものか。
「鎧の色も変えなくてはいけませんわね！」
予備に残していた『一年一組』の組票をぶら下げたティアさんは大はしゃぎだ。まだ冒険者登録、終わっていないんだけどなあ。
すぐ傍のテーブルでは先生が『オース組』に書いてもらった推薦状の控えと睨めっこをしながら首をひねっている。先生は書類仕事が苦手……、あまり得意な方ではないのだ。
それでも推薦状ともなれば、やはり組長クラスの人が書く必要がある。『オース組』が作ってくれたのも、本文はわからないがナルハイト組長名義だったし。
「あの、先生。口頭で言ってくれたらわたしが」
「ありがとうございます。｜白石《しらいし》さん」
見かねた白石さんのヘルプの声に、先生は本当に嬉しそうに頷いた。偉いな白石さん。さすがはウチのクラスの書記さんだよ。
「ほらほら、組合の方の報告をするよ。決め事があるんだ。先生と白石さんは同席していたから、作業を続けて聞き流してください」
あまりの展開に食べる余地も無かったホットドックを急いで飲み込んだ委員長が、みんなに聞こえるように声を大きくした。
時間がもったいないのか、今日は本人が伝達係を買って出たようだ。
「トウモロコシについてだけど、マクターナさんたちも遭遇したそうだよ──」
ティアさんのハプニングで置き去りになっていたけど、組合での一件、とくに『シュウカク作戦』への参加の是非は重要案件となる。
委員長は自分のメモを取り出して、箇条書きでも読んでいくかのように要点だけを並べていく。流れるような口ぶりは、毎度のことながら大したものだ。
「二日後の作戦への参加なんだけど、これも多数決を採りたい。もちろん、ティアさんとメーラさんも」
「初仕事ですわね。最高の舞台ですわ！」
作戦概要を伝えた委員長は、すでにティアさんとメーラさんが作戦に参加するのを前提に話している。それを理解したティアさんはもう絶好調だ。
「稼ぎが気になる冒険者としちゃ面倒かもだけど、俺たちの立場なら大歓迎だな」
「っすねえ」
「美味しい話だよねぇ～」
「それより｜八津《やづ》か？ この作戦に名前付けたの」
「｜野来《のき》だよ、野来。最高だろ？」
「いい名前じゃないか。あたしは気に入ったねえ」
「ワタシの弓が唸りマス」
各人が好き勝手を言いながら手を挙げていく様は、一年一組の十八番だな。
「もちろん参加に賛成いたしますわっ！」
二十四人となったメンバーによる満場一致で『シュウカク作戦』への参加が決定した。
◇◇◇
「ここからわたしがヤヅさんの指示を違えることはありません。たとえリン様が傷つこうとも、勝手な行動をしないと約束します」
「メーラさん……」
コトの成り行きを見届けたいと希望した物好きなメンバーと一緒に組合へ向かう道中で、メーラさんが小さな声で俺に語り掛けてきた。レアどこじゃなく激レアな現象だぞ。
ティアさんは前の方で中宮さんと熱く語っているのに、傍を離れて俺のところに来ているだと！？
しかも内容が凄まじい。いや、一年一組ではワリと普通のことなんだけど、メーラさんの口から出てくるセリフとは思えないんだ。
「リン様は冒険者であることを望んでいます。悔しいですがヤヅさん、あなたが頼りに……」
「お二人に配慮した指示出しだってできますよ？」
「それは『一年一組』ではないでしょう？」
俺ってメーラさんとこんなに会話したのって初めてじゃないだろうか。ヘタをしたら累積文字数ですら、今回の会話で追い越すんじゃ。
しかも言っていることもやたら真っ当だし、中身が入れ替わっているんじゃないだろうな？
けれども澱んだ瞳がメーラさんであることを示している。
「……それはティアさんに言われて？」
「いえ、わたしの判断です。『一年一組』に入るからには、そうあるべきではないでしょうか」
「わかりました。ですけど、ティアさんとの連携は、やっぱりメーラさんが一番です。メーラさんが魔獣の動きを止めて、ティアさんがトドメ。それですよ」
「そうですか。……ありがとうございます」
俺のセリフを聞いたメーラさんはふっと小さく微笑み、前にいるティアさんの方に戻って行った。今、メーラさん、俺に対して笑った？
ティアさんとメーラさんの主従コンビは、今日だけで何度俺を驚愕させたのやら。
「お姉さんに認めてもらえて良かったじゃない」
メーラさんの豹変による動揺から戻れないでいたその時、俺を挟んでメーラさんと反対側を歩いていた綿原さんから、微妙に棘を含んだ声が飛んできた。聞かれていたか。
俺の周囲を三匹のサメが周回し始め、ほかのクラスメイトが距離を取ったのが全部見えてしまう。
「俺は｜海藤《かいとう》じゃないからっ！」
お姉さんキャラにモテるのは野球が得意なアイツだけで十分だ。キャラが被るじゃないか。
「……そ」
綿原さんのセリフはそっけない。だけど俺にはわかるんだ。
彼女お得意のワンフレーズの響き方と、俺の肩スレスレを掠めたサメが戻って行くのを見れば、ご機嫌を戻してくれたってことくらいは、な。
ちなみに俺と綿原さんが事務所グループに加わっているのは、興味とかもちょっとはあるけれど、迷宮委員だからだ。念のため。
「事務所、騒ぎになるだろうなあ」
「ちょっと楽しみね」
「意地悪くないか？」
確かにこの先の展開を面白がってはいるけど、組合の皆さんの胃が心配にもなるんだよなあ。