現代を舞台にした作品と、異世界などファンタジーな世界観を舞台にした作品。どちらのジャンルの作品を生み出しやすいかは、まさしく人によるところかと思います。
私は圧倒的に前者の方が生み出しやすいです。
理由は単純で現代=自分が見聞きして暮らす世間のほうがイメージしやすいからです。普通の人が普通に暮らして、日常からちょっと外したところを描く物語なんかは、これまで読んできた本の影響もあってか割かしいい感じのあらすじが思いつきやすいです。
対して異世界などのファンタジー系。これが駄目です。
魔法やそれをもとにした戦闘シーンなんかは書けるのですが、根幹となる世界観がまず思いつかない。だいたいが洋風ベースの世界・街並みですし、そういった風景って国内の一部の地域や、世界各国まで足を運ばないとお目にかかれない。要するにイメージが湧きづらいのです。
よく異世界転生・転移のシチュエーションとかありますが、あれって凄いですよね。
見知らぬ世界に自分一人飛ばされたら、正直私は生きていける気がしません。絶対にワクワクはしないでしょうし、世間にあふれる華々しい物語が始まることなく終わりを迎えるんだろうなと思います。
ひるがえって表題にある、コスパの話。
これはそのまま、創作物を生み出すのに必要なエネルギーの話です。
私を例に挙げれば、現代ものの作品を書くときは比較的コスパが良いとされるでしょう。反対に上記で挙げたような、完全にファンタジー系の作品なんかはよほど頑張らないといけません。こんな言い方はできれば避けたいのですが、客観的に見てコスパが悪いという事になります。
なのである程度、土台となる世界観を盤石にしたり、フレーバー程度にでもその作品特有の何らか(魔法であったり現象であったり)を盛り込んだりと、少しでも書きやすくするためにイメージを膨らませる工夫をして……なんて事をしていると、ふと疑問にぶち当たります。
この作品は自分にとって、そこまでして書きたいものだろうかと。
以降の文章はすべて、自分に対するものですが……。
当たり前ですがいろんな事を悩んだり、考えたりしているうちに時間は過ぎていきます。そのあいだにもいくつもの閃きが生まれるでしょうし、これだと思う作品を手掛けてみたくなることもあるでしょう。
それら発想の爆発を犠牲にしてまで、不得手なジャンルや、苦手なタイプの作品に向き合い続けるかどうか。練り上げたアイデアや発想が、飽きた、疲れたなんてふとした拍子に、無駄になってしまう可能性と付き合い続けられるのか。
もちろん、苦手なことに立ち向かう事が無駄だとまでは口が裂けても言いません。
まして誰かに「あなたにこのジャンルの作品は向いてない、書けない。無理だから諦めろ」なんて言う事も。対象が自分であろうと誰かであろうと、創作意欲を奪う言葉は毒にしかならないと思っているのであしからず。
このへんの疑問をすべて言語化するのは難しいので、今回はいつにもまして散文的ですね。オチがつけられないのは分かっていたにしろ、私がなるべく書きたくないと思っている文章です。
中途半端ですが今回はこのあたりで。読み返してて気が滅入るので、この記事はあとで消すかもしれません。