こんにちは、しらたき茶々麻呂です。
この間のバレンタインデーに便乗したお話です。異世界にもカカオがあったら何が作れるのかな?と想像を膨らませながら、お楽しみいただけると嬉しいです。
■OLとエルフのバレンタイン
ここはルーンデールよりも少し北に進んだ山の中。私達は肩身を寄せ合って、雪に埋もれた街道を歩いていた。
「うぅ寒い!はやく宿屋に着かないと凍死しちゃいますよ、ビョルンさん!」
「お前の歩みが遅いからだ」
「すみませんね。あなたより短足で!」
私がぶちぶち文句を言っていると、ビョルンさんは急に立ち止まった。したたかに鼻をぶつけてしまって非常に痛い。
「どうしたんです?」
「坂の向こう側で商隊が襲われている」
彼の指差す方を見ると、たしかに商隊と思わしき馬車が盗賊に襲われていた。
街道で時々出会うキャラバンは、この大陸の様々な商品を取り揃えている。それ故、盗賊に狙われることも多い。用心棒を雇っていることが多いが、それでも相手の数が多いと分が悪いのだろう。
「行けますか、ビョルンさん?」
「……無論だ」
少し嫌そうな顔をしながらも、なんだかんだ助けてくれるのがビョルンさんなのだ。
彼はすらりと剣を抜いて盗賊たちの中に飛び込むと、まるで舞うように鮮やかに盗賊を撃退した。ポイポイと近くの湖に放り込んでいく。そして最後にリーダー格らしい大男の首根っこを掴んで、思い切り湖に突っ込んだ。
商隊を襲っていた盗賊たちは、これでそのおバカな頭を冷やすことが出来たというわけだ。
「ありがとう!!本当に、本当にありがとう!」
商隊の隊長と思しき髭もじゃのおじいさんは、ビョルンさんの右手を振り回しながら何度も頭を下げた。ビョルンさんは心底面倒くさそうな顔をしていたけれど、耳がひょこひょこしているので嫌ではなさそうだ。
「なんでも好きなのを持って行っていいよ」
おじいさんは助けてくれたお礼にと、商品の中からいくつかの品をタダで譲ると言ってくれた。
「何か欲しいものありますか、ビョルンさん?」
「別に」
そう言うと彼は興味無さそうにそっぽを向いて、剣の手入れを始めた。
「うーん、どうしよう」
商隊は外国から来たらしく、この国の市場では見慣れない商品ばかりを取り揃えていた。魔導書や宝石、薬草まで幅広いラインナップに悩んでしまう。
その中のひとつ、茶色い粉からは嗅ぎなれた香りがした。2月のデパ地下でよく嗅ぐ甘い香りだ。
「お目が高いね。そりゃ『夢見の果実』の粉末だ。南の方の島じゃ、まじないの儀式に使われるほど神聖なものだそうだよ」
「この粉をどうやって使うんですか?」
「家畜の乳で伸ばして飲むのが美味いんだ。お貴族様方もそうやって嗜んでるって噂さ」
「なるほど。そんな貴重なものなんですね」
鑑定グラスを覗き込むと
『夢見の果実(カカオ):抗酸化作用 ストレス解消』と出た。なるほど、これは粉末カカオってことかな。異世界でもあるんだ、初めて見た!
ってことは作れる。あの甘くておいしいお菓子、チョコレートが!
「あの、これっ!譲っていただけませんか」
興奮気味にそういうと、おじいさんは笑いジワを深めて快諾してくれた。こうして私はこの世界のカカオを手に入れたのだった。
「で、そんな粉末を何に使うんだ」
盗賊を憲兵に引き渡し、宿屋に着いた頃には既に夜になっていた。しかしまだゆっくり休むことはできない。私には、やらなければならないのとがあるのだから。
「ふふふ、今から作るのは恋する人に贈る、その名も『恋が叶うラブポーション』です!」
「はぁ?」
「私の故郷では、互いに愛し合う人達がこの粉末を使ったお菓子を交換する週間があるんです。お菓子に日々の感謝と愛情を込めて、相手にプレゼントするイベントです。近頃のチョコレート市場は」
「そうか」
「もう!最後までちゃんと聞いてくださいよ」
ビョルンさんは、大きな口で欠伸を噛み殺してごろんとベッドに横になった。本当に興味が無いことになったら、塩対応だな、この人は。
まぁいい。今に見てろ、ギャフンと言わせてやるんだからな!
ビョルンさんを宿の一室にお留守番させておいて、私は宿屋の主人に調理場を借りる許可を得た。さっそく調理台に材料を並べてみる。材料の主役はもちろん譲ってもらったカカオだ。
「うーん、ちょっと少ないか」
こちらの世界ではミルクで溶かしてホットチョコレートにするのが一般的らしいけど、この量は2人分には少し足りないかもしれない。高級品だから仕方がないな。
「それをなんとかするのが、商人の腕の見せどころ……ってね」
高級品だから行商には向かないけれど、貴族様向けにはいい商品になるかもしれない。……安定した原材料の確保ルートが得られれば、の話だけど。それはまた夢のまた夢の話か。
カタカタ、コトコト。
そんな音を立てながら、私は手際よく材料を混ぜ合わせていく。遠い昔の記憶、おじいちゃんに作ってあげたっけなぁ……なんてことを思い出しながら、出来上がった生地を型に流し込んでオーブンに入れた。
それから一時間。
「よし、できた!」
作り出したのは見た目も愛らしいチョコレートカップケーキだ。貰ったココアパウダーを生地に混ぜ込んで焼き、ホイップクリームとお酒に漬けたサクランボを乗せた簡単なものだけれど、異世界のものを使って作ったにしてはなかなか上出来だと思う。
「キャラバンでお砂糖も貰っておいてよかった!」
私は出来上がったばかりのカップケーキをさらにのせて、
宿の部屋でビョルンさんは魔導書片手に船をこいでいる。長いまつ毛だなぁ、なんて見つめていると、鬱陶しそうに眉を寄せた。
「なんだ」
「ポーションの試食をお願いします」
「効果は」
「気分の高揚とリラックス効果ですかね。香りづけに少しハーブも混ぜてみたんです」
「そうか」
眠いのか彼は気だるげに口を開けた。『食わせろ』という意味だと受け取って、やれやれと肩をすくめる。出会った時は、彼のこんな無防備な姿を見ることになろうとは思いもしなかった。
「もう、甘えんぼエルフちゃんですねぇ。はい、あーん」
私はカップケーキを半分に割ると、その大きな口に放り込んでやった。カップケーキを咀嚼したビョルンさんは、そのライムグリーンの目を白黒させている。初めての味に驚いているようだ。
「どうですか?」
「ひどく甘い。……が、不快ではない。少し苦さも感じる」
「そりゃ純度が高いですからね。高級品ですよ」
ビョルンさんは、なんだかいたたまれない様子だ。落ち着かない様子で耳をひょこひょこ揺らしている。
「よかったのか」
「え?はい、ビョルンさんのために作ったものですし」
「だがそれは…お、思いを寄せる相手に送るものなのだろう」
「…………あ」
たしかに、言われてみればそうかも。
いや、そうじゃなくて!
「ち、ちが!違うんです!最近では職場の人やお友達にも渡す習慣ができて!だから、そう、これは『友チョコ』!お友達に渡すチョコです!」
「友達…」
ビョルンさんはすっと目を細めた。なにその含みを持たせた目。なんにもないってば。
慌てふためく私をからかうような目線に、頬をふくらませた。
「贈り物を贈り合うんだったな?」
「え?はい、そうですけど…」
「同じものは返せんが」
そういいながら、彼はパチン!と指を鳴らす。すると私の手の中には冷たい雪の彫刻、ちょうどステッカーの招き猫みたいな猫の形をした雪だるまがちょこんと乗っかっていた。
「魔力が絶えるまでは溶けることがない。そいつで遊んでいろ」
「こ、子供扱いしてる……!」
「実際俺から見れば赤子に等しい」
「そりゃエルフから見たらそうですけどぉ!」
彼はからかうように口角を上げて、カップケーキのもう半分を頬張った。その口の端にクリームを付けているのが、さらに腹立たしい。
まったく、人が丹精込めて作ったのに意地悪をするなんて!とんだいけずエルフだ!
「ビョルンさん!カップケーキは1人2つずつですからね!高いんだからこれ!」
「なら、さっさと食え」
「たべますぅー」
翌朝、吹雪は止んで澄み切った空が広がっていた。朝日が差す窓辺にちょこんと座った雪だるまを、私はそっと撫でた。