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【番外編】腹が減っては戦ができぬ

こんにちは、しらたき茶々麻呂です。今回は『VS ハル編』での閑話休題の番外編です。時系列としては57話『虎穴に入らずんば虎子を得ず』の直後。意気揚々とダンスホールに入ったルナとビョルンだったが……?というお話でございます。

グルメ回がお好きな方にはぜひ読んでいただきたいです。よろしくお願いいたします。


■腹が減っては戦はできぬ

おまけ:意気揚々とダンスホールに入ったルナとビョルンだったが……?

ぐぅうう。 
 
ここが賑やかなダンスホールで良かったと心底安心した。だってこの切実な音は紛うことなき私の腹から出た悲鳴だったから。ビョルンさんがゴミを見るような目で私を見下ろしてくる。
 
「だ、だって今日朝からほとんど何も食べていないんですもん。コルセット締めるからって!ポーシャさんが何も食べさせてくれなくて!」
 
「舞踏会に参加する淑女は、お前のように大食ではない」
 
「わかってますよぅ…」
 
やっぱり腹ごしらえは無理か。おしゃれって厳しい世界だなぁ。舞踏会っていうからにはきっと美味しい食事も出るんだろうなって思ってたんだけど。
 
……と、しおしお萎れていた矢先。私の目の前に白と黒の給仕服に身を包んだ男性が銀色の盆を持って通り過ぎた。その途端にふわりと香る果物の芳醇な香りと、肉の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
 
ぐううぅう……。
 
さらに大きな音が出てしまい慌てて姿勢を正す。そんな私を見て大きくため息をついたビョルンさんは、近くにいた別の給仕係にアイコンタクトを送った。給仕係はすぐさま盆を携えて、人の良い笑顔で近づいてくる。
 
「こちらバーバラ副商会長プロデュースのコールド・ビュッフェスタイルのフィンガーフードでございます」
 
「わぁ、素敵……!」
 
銀の盆に乗せられていたのは色とりどりのフィンガーフードたち。片手でも簡単につまめそうな軽食だ。
 
給仕係が説明してくれたそのフィンガーフードは右側から順に
バジル商会の温室で栽培された野菜のサンドイッチと果物のタルト。
邸宅の地下氷室で作成された果物のソルベとバニラアイスクリーム。
じっくりと熟成された熟成肉の薄切りとキャビアのクラッカー。
鮮魚(見たところウナギっぽい魚?)のゼリー寄せ。
 
それらが小さな銀の器に載せられ、まるで宝石のように丁寧に並べられていた。一目で高級品とわかる品々に、ビョルンさんの耳も少しだけ期待するように上がっている。
 
「どれを食べようか迷ってしまいますね……うーん」
 
「サンドイッチとアイスクリームを」
 
「ちょっと!」
 
勝手に決めないでよね、という非難の視線を向けたが、ビョルンさんにはまるきり無視された。
 
給仕係が笑顔と共に差し出してくれたピカピカの銀の器には、まるで雪玉のように純白のアイスクリームにエディブルフラワーが添えられている。器を受け取るとヒンヤリとしたバニラの甘い香りが漂ってくる。

あぁ、なんて美味しそうな香り!
 
我慢できなくなって一口、これまたピカピカに磨き上げられた銀の匙で掬う。本当は大きく頬張ってしまいたかったけれど、お下品なことはできないので、ちびりと一口含んでみた。
 
「おいしい!」
 
シャリ、とした食感、バニラの濃厚な風味、そして舌に広がるひんやりとした甘さが広がっていく。コルセットで内蔵ごと締め付けられていても、これなら食べられそうだ。
 
ビョルンさんはというと、サンドイッチをわずか一口で食べ切ってしまっていた。大口を開けるのってマナーが悪いような気がするけど。まぁいいか。
 
「ちなみに」
 
「はい?」
 
「その一皿を金額換算すれば、金貨3枚はくだらん」
 
「へ?」
 
この一皿のアイスクリームが、金貨3枚!?

言っちゃ悪いけどコンビニならせいぜい数百円なんですが!?それが金貨、しかも3枚!?
 
「最高級の家畜の乳にバニラ、そして何より氷室の維持費を考えれば妥当な値段だ」
 
「あ、なるほど、氷室か。確かに光熱費は莫大になりそうですね」
 
器を持つ手が震える。冷たさではなく、手のひらの中に金貨3枚の高級品、しかも熱で淡く消えてしまうほどに儚いお菓子があるのだから、戦慄してしまっても仕方がないだろう。
 
「ちなみに、先ほどのサンドイッチは……?」
 
「温室は氷室よりも維持費と手間が掛かる。金貨5枚と言ったところだろう」
 
「ごっ……!?」
 
胃の中がスッと冷える。あなた、そんな高級品を一口で平らげたんですか。もっと味わってくださいよ。
 
「一気に味がわからなくなりました」
 
「味わって食え。栄養摂取にはちょうどいい」
 
「はい……」
 
気持ち的には随分とカロリーオーバーだが、泣き言も言っていられない。もう一口含んで、舌で転がしてじっくりと味わった。濃厚で、甘くて、美味しい。語彙力が氷のように溶ける。
 
「氷室や温室は魔法石や魔法道具のコストパフォーマンスが悪い。有能な魔術師を雇った方が安価に済む」
 
「有能な魔術師、ですか」
 
ビョルンさんを見上げて首を傾げる。
 
「つまり、あなたが一人いたら再現可能?」
 
「俺の魔力を補えるほどのエネルギー源があれば可能だ」
 
「ちゃんとおいしいご飯を作ってあげますよ」
 
いいことを聞いた。この世界では冷たい食べ物は高級品かつ貴重な食べ物だ。ならばまだ市井のマーケットは確立されていない。ビョルンさんの力を借りて露天で売り出せば、きっと女性や子供たちに喜ばれるはずだ。お客様に喜ばれるということはすなわち、金貨も入ってくるというわけで。
 
ふふふ……と悪い笑みを浮かべていると、ビョルンさんは呆れたように腰に手を当てた。
 
「俺は肉が食えればなんでもいい」
 
エルフってあんまり肉食のイメージはなかったけど、ビョルンさんはお肉が好きみたいだ。狼男の血が入っているからかな?
 
「せっかくの機会です。エネルギー補給と称して、たくさん頂いていきましょう」
 
「お前にしては悪くない提案だ」
 
そう言って、ビョルンさんは熟成肉が載ったクラッカーに手を伸ばした。
 
その指先は驚くほど細く優雅なのに、肉を口に運ぶ動作には、獲物を仕留める猛禽類のような獰猛さがある。ちぐはぐな動作にドキリとしてしまうご令嬢方の多いこと!
 
自分の風貌に無関心なエルフは、全く意に介した様子はないが。
 
「前から思ってたんですけど、エルフってお肉食べるんですね。果物とか木の実が好きなんだと思ってました」

今後の市場調査のために問うと、ビョルンさんは肩を竦めて言った。
 
「木の実だけで満足できるのは、隠居した老人だけだ」
 
彼はそう言って、あっという間に三枚目の肉を平らげた。人のことを大食い呼ばわりしたくせに、自分はよく食べるんだから。
 
とはいえ、これからは大戦になる。ビョルンさんにはしっかりと力をつけておいてもらわないといけない。
 
『働かざる者食うべからず。だけど働くためにしっかり食いな!』
 
大好きなアニタさんの素晴らしい格言を胸に、最後の一口を放り込む。
 
「よし、準備完了!」
 
ひんやり甘い優しいバニラの味が、骨身に染み渡るようだった。     
 
​胃の底に落ちた金貨数枚分のエネルギーが、緊張で強張っていた私に力をくれる。
贅沢なアイスクリームの甘さを飲み込んで、私はダンスホールの中央、ハルが微笑む場所へと視線を向けた。
​次に口にするのは、勝利の美酒か、それとも。
     

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