『夜の恩寵』三浦しをん
出来る限りネタバレを避けて書いているつもりだが、作品の構成上、どこまでをネタバレとするのかすら難しい。どうしてもネタバレを避けたい方はまずは購入してから再訪して欲しい。
本作、夜の恩寵は『カリスマ』をテーマに描き出される五つの物語である。帯にはそう書いてある。
書いてある、と他人事のように言ってはみたが、タイトルにもある通り、読了直後にこれを書いている。そうなのだ。今しがた読み終わったのに、何を読んだのか分からない。
その根幹を、本質をどうにも掴めていない。いまだ夢の中にいるような気分だからだ。
五つの短編から構成される、この『夜の恩寵』は夢と現実の境界が極限まで薄くなる瞬間を様々な方向から切り取っている。ここで言う夢とは、幻想小説によくある魅惑的で美しいものばかりではない。むしろ生々しく、時に性的でもあり、現実よりも露悪的ですらある。
冒頭から子守唄のように優しく寝かしつけてはくれず、棍棒フルスイングで頭部を殴りつけて寝かしてくるのも凄い。ドーパミン中毒の読者のほとんどは、この冒頭短編『神馬に乗る女』でそのまま永眠してしまうだろう。かろうじて意識を取り戻した読者だけがフラフラの頭で次の『胡蝶』を夢うつつに読み進めることになる。
読み進めるためのご丁寧な進行表示も手摺も存在しない。分からないままに手探りで深く潜り込むことになる。幸いなことに機能美に満ちた文章は没入感を阻害することは一切無い。
全てを読んだときに見えてくる関係性はあるものの、どこまでの誰の視点が信用に足るのかはとても曖昧で、不穏で、危うくて怪しい。
救いは提示されるが、それとて夜の恩寵、まるで上からおこぼれのように与えられた、ある種の傲慢さを含んだものだ。
手放しで面白い、愉快だと言えるものではないけれど、アリ・アスター監督作品のような、こびりつくような強烈な粘性を持った、湿度ある一冊を求める読者には貴重な作品と言えるだろう。