所用のついでに立ち寄った、お気に入りの小さなカフェ。路地を入った穴場的な店だが、常連さんが引きも切らず来店する。
コーヒーのドリップをしているのはいつもスタッフさんがひとりだけ。日によってのローテーションだが、バリスタとしての確かな技術を持った人ばかりだ。本日はほっそりと品の良い物腰の、コーヒーの香りがよく似合うお姉さん。
オーダーした美味なアイスカフェラテとバスクチーズケーキを味わっていると、スーツ姿のお兄さんが入店してきた。お気に入りの豆をドリップしてもらい、テイクアウトをするようだ。
ひとつひとつ、ゆっくりと丁寧に作業を進めるお姉さん。芳ばしく幸せな香りが、彼女の手元から立ち上る。
出来上がりをカウンターの横で静かに待つ彼。その一杯を入れるのにじっくり時間がかかるため、彼は割と長時間立って待っている。
「あの。よかったら、お座りください」
カウンターの中から小さくお姉さんが声をかけ、カウンターに面した椅子のひとつを勧めた。
「あ……ありがとうございます」
「お仕事ですか?」
「いえ……仕事、サボってきました」
「そうなんですね。ふふ」
まるで小説の出だしのようなワンシーン。
丁寧に淹れたコーヒーの紙カップにプラスチックの蓋をし、彼女が静かに差し出した。
「お待たせしました。
お仕事、頑張ってください」
「——ありがとうございます」
彼ははにかむように微笑んで、店を出て行った。
お気に入りの場所は、やっぱりこんな極上な幸せをくれる。
そんなことを思った11月の午後5時でした。