皆さんお久しぶりです。天野創夜です。
2024年の九月ごろから投稿された本作ですが、訳半年の期間を経て第二部がスタートしました。
本作のテーマは【夢】と【再起】でした。しかしそれは第一部の方で書いたと私は思っています。無論夢や再起という一大テーマを十数万文字で書き終わることなど到底無理で、故に世の中にはそういうテーマを描いた作品が多いと思っていますが、私が思うものは全て第一部に込めました。
故に第二部のテーマに私は悩んでおりました。半年間の遅れの原因の一つです。
凄い考えました。頭から湯気が出るくらいに、脳が沸騰するくらいに考えました。
今と同じく軽いタッチでラブコメチックなものを貫くか、一転するか。
私は成長する物語が好きです。
では成長する物語とは何か?
出来ないことが出来るようになった。
勝てない相手に勝てるようになった。
誰かに教え諭すようになった。
色々あると思いますが、そのどれもが明るいものだと思います。
しかし私が思う真の成長とは、そんな明るく楽し気なものとは違います。
【失敗の中にある再起の心】こそが真の成長だと思っています。
成功して誰かに鼻高々に人生哲学を説くのではなく、失敗の中それでもと奮起する。地味で派手さがなく読者の望む展開では無いことは分かっています。しかし現実に置き換えてみてください。
あれだけの犠牲を払ったのに勝てなかった。
途方もない努力をしても出来やしなかった。
挫折し諦めるには当然の結果に、それでもと諦めない——それは精神の成長です。
私はそういう主人公に成って欲しいなと思います。
第一部は主人公・八柳悠の停止からの再出発を描きました。
ならば後は走るしかないでしょう。
血反吐を吐き、悩み苦しみ、時に人生を呪い、才能に嫉妬し、それでも光を追い求め走り続ける。
第一部のキャッチコピーは【夢なんてなくても生きていける。だけど、夢を追う人生は楽しい】でした。夢を追うのは楽しい——これは紛れもない事実であると私は思います。夢を持たなければ人間味の無い人生を歩むことになります。夢は誰でも持つことが出来ます。理想や想像は活力を与えその後の人生に大きな影響を残す。
でも夢を追いかけているはずなのに楽しくない人もいます。
当たり前です。その人達はただ漠然と夢を追いかけている訳ではないのですから。
……第二部のキャッチコピーは【夢を全力で追う人生は苦しい】です。
人は夢を持って生き続けられる。しかしその夢に焦がれ人生を懸けて全力で追い求めるとなれば話は別です。それは修羅の道でもあり常に覚悟を問われる苦難の迷路です。報われるとは限りません、出口があるのかも不明です。暗く先の見えない迷路か、舗装され光が灯る道なのかは人それぞれですが、進むのはその人自身です。
果たして悠は天音の傍に辿り着けるのでしょうか。
多くのしがらみを引きずって、多くのものを背負い込んで。
第二部はそのようなお話と思って頂ければ嬉しいです。
安心してください。
私は基本的にハッピーエンド大好きですから。どんな物語も最後は笑って終わりたいのです。ええ本当ですよ? 基本的には。
それでは毎日一話、午後六時半より投稿致しますので、どうぞよろしくお願いいたします。