『信濃古代史考』53ペイジ、
「欽明天皇の子の敏達天皇の他田宮にも、科野国造の子弟は、舎人として奉仕している。前述の系譜の「訳語田幸玉大宮朝為舎人供奉」とある目古君がそれである。「佗田直」になったとあるが、「佗」は「他」の誤写であり、「金刺舎人直」と同じに、「他田舎人直」の「舎人」が落ちたのである。」
とあるように私見でしかないが、大正期に詩人で労働運動家の陀田勘助という人もいたよーに、傳田、陀田も、「他田」の誤写だと主張するのである。ただ、陀田勘助は栃木の人で、本名、山本だそうだが、、、
おさだ(ほかだ)→でんだ、
よりも、
おさだ→だだ→でんだ、
のほうがリアリティ?
