🎀「新たな秦王朝・長安変奏曲」資料 ー 補足としてまとめていたものを古代中華の資料として一つにしました。、
https://bit.ly/49oDWJg 秦と前漢のさまざまな違い
https://x.gd/7IEXs 初体験を済ませた蓉(アンヌ)は翌朝、漢の将軍韓信が起きる前から彼の朝餉を作り始めていた……って、このアンヌが転生した時代って、改めて計算すると、漫画のキングダムの時代の紀元前245年から221年頃から二、三十年しか経っていない紀元前206年の古代中国なんですよね。
つまり、アンヌの生活は、キングダムの羌瘣や河了貂がしていた生活と同じというわけで、漫画のキングダムには、便所や風呂、食い物の具体的な話はでてきませんが、このシリーズではドッチャリとでてまいります。
なんせ、ブラはしているが、パンツをはいていないのが常識で、じゃあ、生理の時どうしてたの?なんていう話がドッチャリでてまいります。そこを21世紀の女の子、アンヌがどう生活改善をするのか?なんてお話も。もちろん、項羽と劉邦の血肉の争いも書きますが、一夫多妻制のお話もでてきます。
秦朝滅亡後、漢と西楚の激闘の時代、一夫一婦制度が強固な性倫理で確立した時代ではないことをご理解ください。近代以前では、これが上流社会から庶民まで普通のことでした。性行為は、まず第一に現代のような個人の楽しみのためではなく、子孫を残すことが目的でした。
合計特殊出生率が2.13以上なら人口減少にならない現代と違います。なぜなら、平均寿命が現代の半分以下の社会では、2.13どころか、女性は生涯で五人から七人の子供を出産しなければ人口が保てない社会でした。新生児の三分の一は出産時に死亡する社会でした。性倫理も社会の保険と健康のレベルに左右されるということです。
また、このシリーズでは、秦滅亡から漢楚の抗争、漢王朝の創立の時代を取り上げています。このシリーズの読者には、中国の歴史は連続性を持った歴史ではなく、変遷の歴史であったということを認識して欲しいのです。むろん、中国の歴史に限らずあらゆる諸国の歴史が似たようなものです。例外があるとしたら、完全ではないが連続性を持っている日本の歴史がそうだと思います。
秦と前漢、この十数年しか違わないですが、この2つの時代も異なります。前者が厳格な社会に対する法治主義の適用という規制強化の時代とすれば、前漢は規制緩和の時代でした。また、後代の儒教の重苦しい社会に対する押しつけもあまりあえいません。儒教が国家思想のように中華民族を締め付けるのはさらに将来の時代なのです。
秦と前漢の時代と後代の、生活、風俗、社会も異なります。
前者では、板の間、椅子、机の後代に普及した家の構造、家具はありません。土間、板の間であぐらをかいて暮らしていました。それもあぐらと書くと日本人は結跏趺坐、半跏趺坐の仏教の座り方を想像しますが、秦と前漢の時代では、立膝で脚を股にかき込むようなだらしない座り方だったのです。男だけではなく女もそうでした。また、下着が普及していないから、立膝で座って、陰部は丸見えです。
紀元前3世紀から紀元後1世紀にかけて、中国大陸を支配した秦と前漢は、後世の儒教社会とは異なる様相を呈していました。しかし、秦と前漢を一括りにするのは誤りです。
こういったことを踏まえて読んでいただけるとありがたい。
さて、
秦は極端な法治主義を採用し、社会に閉塞感をもたらし、それが王朝の短命な滅亡を招いた。一方、前漢の劉邦は秦の失敗を教訓に法を緩和し、民を休養させることで、漢王朝が前漢から秦を挟んで後漢まで長期に存続する基盤を築きました。さらに、後世の儒教が社会に及ぼした影響も見逃せません。この違いと変遷を、『史記』『漢書』、馬王堆漢墓の出土品などの史料から紐解きつつ、思想、社会、後宮、性風俗、庶民の暮らしを具体的に描いてみましょう。