樹『週末はわざわざ会いにきてくれてありがとう!』
樹『嬉しかったよ!』
樹『葵が僕に力をくれたのか、今朝の朝練で自己ベストが更新できたんだ!』
樹『ありがとう!』
週が明け、1人で登校している最中、樹からのそんなRINEが舞い込んできた。
樹の力になれたことを心の底から嬉しいと思い、スマホに指を走らせる。
A.KOUDUKI『樹の力になれて嬉しいよ!』
A.KOUDUKI『今週末もそっちへ行くから!』
そう返事を返すと、すぐに既読がついたものの、返事はなかなか来ず
どうしたのだろうかと、少し不安に思っていると。
樹『迷惑じゃない?』
樹『僕は葵に会えて嬉しいけど……』
樹『葵の負担にはなりたくないんだ……』
A.KOUDUKI『迷惑でも、負担でもない!』
考えるよりも先に、俺はそう返事を返していた。
樹『ありがと!』
樹『なら、また週末葵に逢えるの楽しみにしてるね!』
樹『実は今週の日曜日、記録会なんだ』
樹『僕が留学できるかどうかが決まる大事な記録会』
A.KOUDUKI『なら尚のこと今週末は必ず樹の側に居るぞ!』
樹『ありがと!』
樹『良い結果が報告できるよう頑張るからね!』
樹が目標に向かって頑張ってくれるのは嬉しい。
でも同時に寂しさも去来する。記録会がうまく行けば、樹は海外へと行ってしまう。
おいそれと会えない間柄となってしまう。
でもーー自分の寂しさと、これまでの樹の頑張りを天秤にかけた時、やはり俺は後者の方を重く考える。
これまで頑張ってきた樹には夢を叶えてほしい。
だったら、俺の寂しさなどなんのそのだ。
そう改めて決意を結んだ俺は、今週の学校生活を始めた。
ーーやはりというべきか、俺へ声をかけてくれる人は皆無となってしまった。
だけど、もう寂しくなんかない。俺には樹がいる。樹だけで十分なのだ。
そんなこと考えつつ、日々を過ごしてゆけば、時は瞬く間に過ぎ去ってゆき、あっという間金曜日を迎える。
その日はやけに朝から学校中の人がソワソワとしていた。
特に女子は甘い匂いを放つ袋をほぼ全員持っていて……それを見てようやく、今日が2月14日のバレンタインデーだと思い出した。
そういや、一日ずれちゃうけど、樹は俺にチョコレートをくれるのだろうか?
とそんなことを考えつつ、久々に元職員用喫煙所の跡地である東屋で、1人昼食を摂っていると……
「やっぱりここにいたんだね……」
驚いて振り返る。
「かの……花守さん……!?」
見た目の上では元の明るさを戻ったように感じる花守さんは、東屋へ踏み込んでくるなり、ベンチに腰を据えた。
やや距離が遠く感じるのは、俺たちの今の心の距離を表しているのだろうか。
「今日、凄くあったかいね。2月じゃないみたいだね!」
花守さんはこれまでと変わらず、明るい声音で当たり障りのない会話を振ってきた。
でも、これに応えて良いものか、答えるべきなのか、迷い黙っていると、花守さんの表情に影が差し始める。
「……やっぱ、そういう反応になっちゃうよね……この間は、急にあんなことしてごめんなさい……」
この間とは、おそらく先日の登校中でのキスとか、そのあたりのことを指しているのだろう。
あれを多くの人に見られたがため、俺と花守さんの破局が学校中に知れ渡ることとなった。
日常の崩壊のきっかけとなってしまった。
「あ、謝らないでください……謝るのは俺の方です……」
「どうして? なんで葵くんが謝るの? 葵くんはただ私に素直な自分の気持ちを伝えただけで、悪いことなんてなにもしてないよ? むしろ、認められなくて、暴走しちゃったの私の方だから……」
この子は、花守 花音という女の子はどこまで優しいのだろうかと思った。
そんな子を一方的に深く傷つけてしまった自分が嫌になる。
そんな嫌悪感を払拭するかの如く、膝の上に置いた手が暖かさに包まれた。
いつの間にか、恋人同士の頃のように距離を詰めてきた花守さんが、俺の手を優しく包み込んでいる。
「……まだ好きだよ」
「え?」
「人としてとか、そういうのじゃなくてだよ? 私、まだ葵くんのことが、男の子として好き。大大大大好き、なんだよ……」
花守さんは澄んだ青い瞳にうっすらと涙を溜めながら、そう伝えてくる。
「まだ今だったらやり直せる……なかったことにするし、みんなとの関係のことだって、私頑張る。また葵くんの学校生活が楽しくなるよう、一生懸命頑張るって約束するよ……だから……!」
花守さんは傍に置いた上等な紙袋か、綺麗にラッピングされた手作りの、明らかに特別な雰囲気のチョコレートを俺へ差し出してきた。
「これ、私の気持ちです。好きです。私と付き合ってください。また葵くんの恋人にしてください」
花守さんから向けられた、純粋な想いの塊に、心が打ち震えた。
しかしそんな純粋な想いは、あろうことか、俺に都合の良い想像をさせてしまう。
樹との物理的な距離があるのだから、こっそりと花守さんと付き合うこともできてしまうのではないだろうか……という邪な想像。
男にとって都合のいい状況であり、酷い妄想だ。
「ごめんなさい……付き合えません。恋人にもできません。俺が付き合っているのは樹で……恋人は樹、ただ1人です……」
「……そっか……それだけラブって、ことなんだね……」
花守さんはチョコを下げる。
そして顔を上げると、そこには涙を流しつつも笑顔が浮かんでいる。
「なんか安心した! やっぱり葵くんは、葵くんのままなんだなって! 私の好きになったかっこいい君のままなんだなって!」
「……」
「もしもさ、さっきの告白受け取ってたら、ドン引きしてたかも! あは!」
「ごめんなさい……」
「いいんだよ。それに私も……実は終わりにしたくて、ここに来たんだから……」
「え?」
「あんな終わり方じゃ嫌だったからさ……あんな終わり方じゃ、葵くんとの楽しい思い出も、私の初恋も、黒く燻んだものになっちゃうと思ってたし……だから、終わりくらいは綺麗にしたくて……終わり良ければ、全てよしだし!」
花守さんは立ち上がった。
そして背筋をしゃんと伸ばし、思い出の東屋から踏み出してゆく。
「これまでありがとう! 楽しい思い出をたくさんありがとう! いつまでも……いつまでも、樹ちゃんと幸せにね! さようなら、香月くんっ!」
花守さんは明るくそう言い放って、風のように姿を消していった。
俺が言えたことではないが、彼女には次こそ本当の幸せを掴んでほしい。
そう強く思うのだった。
ーー帰宅した俺は、樹に会うためのキャンプの支度をし始める。
「またキャンプか……?」
すると父さんが、やや曇った声音でそう問いかけてくる。
「あ、うん、まぁ……」
「ちょっと、葵! あんた、いい加減にしなさい!」
突然、俺の部屋へ母さんが飛び込んできて怒鳴り散らしてきた。
