「ここのところあんた毎週週末にどこへ行ってるのよ! 帰ってくるのは妙に遅いし、まさか変なことしてるんじゃないわよね!?」
「へ、変なことって、俺は別に……」
「学校だってちょくちょくサボってみてるみたいだし、何好き放題やってるの!? あなたはね、まだ学生なの! 好き放題にするのは大人になってからにしなさい! わかってる!?」
「別に俺、母さんに迷惑かけてないだろ!? なんなんだよ、さっきから頭ごなしに!!」
俺も流石に頭にきて、そう怒鳴り散らす。しかし母さんは一切動じた素振りを見せない。
「迷惑かけてるとか、いないとかそういうことじゃないの! わからない子ね!」
「わからなきゃ、それで良いって! 別に俺変なことなんてしてないし、するつもりもないし! 少し黙っててくれよ!」
「そう……そんなこと言うのね。だったら……」
母さんは部屋へ踏み込んでくる。そして机の上に置いてあったスーパーカブの鍵を掴む。
「この鍵はしばらく預かります。
それと今週末は外出禁止です!」
「ちょ、まってよ! 返せよ!」
「葵っ!」
俺が母さんへ掴み掛かろうとした時、事態をずっと静観していた父さんが割って入ってきた。
普段はおおらかで、大抵のことは笑って許してくれる父さんの、鬼気迫る表情と声音に怯んでしまう俺だった。
「お前、今母さんに掴み掛かろうとしたな?」
「だって、母さんが俺の鍵を勝手に奪うから……!」
「ふざけるな!!」
初めて聞いた父さんの怒鳴り声に、俺はますまず怯んでしまう。
「たとえ息子だろうと、母さんに……俺の愛する女を傷つけようとする奴は誰であろうと許さん! もし腕力に物を言わせて、鍵を取り返したいのなら、俺をはっ倒してからにしろ!」
毎日仕事で重いビール瓶や、樽を車に積み込んだり、配達先におろしたりしている父さんは、細身ながらも俺より遥に身体が出来上がっている。そんな父さんと真っ向勝負をして勝てる自信は全くない。
それに……母さんのことを"愛する女"と叫んだ父さんの態度に胸を打つものがあったのも確か。
そして、もしも今の俺のように、樹へ手をあげる者がいたら、きっと父さんのように必死で守り、怒鳴り散らしていたはずだ。
「まずは母さんへ謝れ」
「……ごめん、母さん……」
素直に謝ると、父さんからわずかばかりではあるが怒りが抜けたように感じる。
「母さんの言うとおりだ、葵。最近のお前の行動は目に余る。お前は一体何をしてるんだ?」
「それは……」
先ほどとは打って変わり、冷静な父さんの声音に、気まずさを覚えた俺は言葉を失ってしまう。
「母さんはな、別にお前に意地悪がしたくて色々と言ってるんじゃないんだ。お前がまた中学の時みたく、何かに悩んでるじゃないかって心配しているだけなんだ」
「……」
「良いか、葵。お前は母さんと俺にまだ面倒を見られている立場なんだ。1人でなんでも決められて、何かあったら自分で責任取る大人じゃないんだ。そこを勘違いするんじゃない」
今の父さんの言葉を聞いて、俺は中学の頃のことを思い出していた。
林間学校で樹と大喧嘩をし、学校内で大きな問題となったあの事件。
あの時、俺と樹の問題にも関わらず、父さんと母さんは学校や樹の家を駆け回って、俺に代わって必死に謝罪をしてくれていた。
そしてその時思った。俺はまだ自分では責任などまるで取れない存在なのだと。そういう立場なのだと。
もちろん、それはわかっている。
でも、それをわかった上で、俺は父さんと母さんの前で、土下座をした。
「俺がまだそういう立場じゃないのをわかった上でお願いします。鍵を返してください。そして3月の末まで、週末にキャンプをするのを許してください! 俺、樹の側にいてやりたいんです! 俺自身もそうしたいんです!」
「樹ちゃんって……!? あなたが付き合っているのって、花守さんのところのお嬢さんじゃ……!?」
母さんの驚きの声が降り注いでくる。
しかしそれ以上の追求がないのは、おそらく父さんが止めてくれているからだと思う。
「今、俺、樹と付き合ってるんです。あいつ、春になったら水泳の実力を試すために海外に留学することになってて……でも、今、樹は伸び悩んでて、留学できるかわかんない状況だったんだけど、先週俺に会ったら、調子が良くなったみたいで……俺のおかげだって言ってくれて……だから、側にいてやりたくて……!」
「……」
「俺自身も、今は樹の側にいたいんです。もう、あんまり会えなくなるから、それまではできるだけ、多く……! だから樹が海外に行っちゃうその日まで、週末はあいつの側にいることを許してください! お願いします……お願いしますっ!!」
普段なら両親へ、こんなことを告げるなど、恥ずかしくてできなかったことだろう。
だけど、そんな恥ずかしさよりも、今は樹への想いが優っていたからだった。
しばらくの間、その場に静寂が流れた。
「葵、頭をあげなさい」
頭を上げると、まだ険しい表情をしている父さんに出くわした。
そんな父さんへ、表情を和らげた母さんが、鍵を渡す。
「22時だ」
「え……?」
「22時以降の外出は補導の対象となる。だからたとえキャンプ場といえど、その時間以降は絶対に出歩くんじゃないぞ」
「……はい!」
「あと、あまり早朝に出ると、路面が凍っていて危険だ。できるだけ、陽が出てから出発し、帰りも路面凍結の前にしなさい」
「はいっ!!」
「あとは、えっと……母さん、なにかあるか?」
「そうね……いくら樹ちゃんに会いたいからって、もう学校はサボっちゃダメよ。そんなことしたって、樹ちゃんは喜ばないと思うわ」
「はい! もう2度とサボったりしません! 約束します!」
父さんはかがみ込み、そしてスーパーカブの鍵を握り渡してきてくれた。
「事故にだけは気をつけなさい」
そう告げて部屋を出てゆく。母さんもやや呆れ顔だが、それ以上なにも言わず父さんへ続いてゆく。
「ありがとうございます……!」
俺は再び頭を下げると、理解してくれた両親へ心からのお礼を述べる。
と、そんな中、スマホからRINEのポストを告げる音が鳴り響いてくる。
樹『ハッピーバレンタイン!』
樹『明日、ちゃんと渡すけど、今日が当日だから思って……』
そんなポストの次に表示をされたのは、頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうにしながらも、しっかりメイド服のような衣装を着こなした樹の画像。
とても愛らしく、そして魅力的なその画像に、胸が強い高鳴りに見舞われた。
樹『これ、去年の文化祭で着せられたもので!』
樹『葵、こういうの好きかなぁって……?』
A.KOUDUKI『すごく可愛い』
A.KOUDUKI『ありがとう!』
樹『よかった! 明日会えるの楽しみにしてるね!』
樹は最後に、いつもの筋肉ムキムキな擬人化黒猫が、マスキュラーポーズをしているスタンプを送ってくるのだった。
相変わらず変なスタンプだけど、すごく樹らしいもので胸がほっこりと温まるのだった。
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