「んあぁ……って、もう10時!?」
部屋の時計を見て、ベッドから飛び起きた俺。
これは遅刻どころの話じゃない。
「あ、おはよー! おいくん♩」
と、なぜかナチュラルな様子でジャージ姿の樹が入ってくる。
「い、樹!? なんでうちに!?」
「なんでって、泊まったからに決まってるじゃん! 僕たちそのぉ……」
樹は頬を真っ赤に染めて、ちらっと部屋のゴミ箱へ視線を向ける。
ゴミ箱にはこんもりと使用済みのテッシュと、アレの残骸が……。
「そ、それよりもっ! 朝ごはん作ったから食べよ!」
「お、おう……」
「あと早く、服着なさい!」
樹は足元でグチャグチャになっていた俺の服を思いっきり投げつけて、バタンと扉を閉めた。
いつもと変わらない。だけど確実に変わった俺と樹の関係。
そうした変化の心地よい余韻に浸りつつ、俺は服を着て、一階へと降りてゆく。
するとリビングにいた樹が、愛らしい笑顔で俺のことを迎えてくれる。
テーブルには卵焼きに、お味噌汁、ほうれん草のおひたしが並んでいた。
中1の頃のバレンタインデーに、おにぎりみたいな大きさの不格好なチョコレートを渡してきた頃の樹とは雲泥の差だった。
「ご飯よそるね! 大盛りでいい?」
「普通で」
「へへ! じゃあ漫画盛りで!」
「おい!」
なんだかこういう会話も俺たちらしくてすごくいいと思った。
と、そんな中、樹が妙な歩き方をしているというか、ヨチヨチ歩きなことに気がつく。
「ひうぅっ!?」
急いで立ち上がり、転びそうになっていた樹を支えてやった。
「ごめん、おいくん。ありがと……なんか歩くと、お腹の辺りがズキンとしちゃって……」
「ごめん……」
「い、良いんだよ! 全然! これって、えっと……僕の身体がおいくんを受け入れたって証だし、むしろ嬉しいっていうか、えへへ!」
樹はそっと俺を押し退けると、炊飯器のところへ向かっていった。
そういや、花音も初めての後に今の樹みたいなことを言ってたけ……と、自然に浮かんだそうした思い出を、頭をブンブンと振って払拭させる。
もう花音は"元カノ"なんだ。
もう俺は樹のことを、樹だけを愛してゆくと決めた。
だから元カノのことを思い出したりするのはダメだと思った。
ーーそれから俺と樹は少し遅い朝食をとり始めた。
卵焼きも、お味噌汁も、おひたしも全て、樹のように穏やかで、優しい味わいでとても美味しかった。
なによりも、樹が俺のためにこうして料理をしてくれたことが嬉しくてたまらなかった。
だけどやっぱり、こうした状況に巻き込んでしまった申し訳なさもあるわけで……
「なぁ、樹……学校はいいのか? 大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、たぶん。一応、仲のいい友達には具合が悪くて休むって伝えてはあるからさ。まぁ、僕も起きたのさ、おいくんよりも1時間ちょい前だったし!」
「そっか……でも、もう帰るんだよな……?」
本音ではせっかくの機会なのだから、もっと樹と一緒にいたいと思っている。
すると樹は、そんな俺の本音をあっさりと見抜いたのか、笑顔を浮かべる。
「今帰ったって、夕方帰ったって一緒だって!」
「じゃ、じゃあ……!」
「ん! ギリギリまで一緒にいよ。僕もそうしたいし! それにぃ……帰る前に……えっとぉ……」
樹は食べかけのご飯のお茶碗へ視線を落とし、もじもじとし始めた。
それだけで樹が、このあと何を望んでいるのかわかった気がする。
だけど、一つだけ懸念事項が……
「お、俺もしたいけどさ……昨夜、ゴムは全部使っちゃったし……」
「だ、だから! この後、一緒に買いに行かない? 確かコンビニにも置いてあるんだよね……?」
「あーそういえば……だったら、行くか? このあと……?」
「ん! 行くっ!」
ーーこうして食後に俺と樹は着替えを済ませて、2人でコンビニへと向かうこととした。
「おいくん……手、繋いで良いかな……?」
ふと玄関で靴を履き、いざ外へ出ようとしたところ、樹が消え入りそうな声でそう聞いてくる。
「もちろん!」
俺は迷わず樹の手を取り、指を絡めて恋人繋ぎをした。
すると樹はとても満足げで、とても愛らしい笑顔を浮かべてくれた。
俺と樹は固く、そして深く手を繋いでコンビニへと向かって行った。
「ねぇ、おいくん、どっち買う?」
コンビニへ着くなり、樹はすぐさまコンドームが置いてある棚を見つけて問いかけてくる。
片方は5個入り、もう片方は倍の10個。
さてどっちにすべきか……ここは……!
「10個の方に、しようか」
「10個かぁ……おいくん、やる気満々だね?」
「違うって! 大は小を兼ねるっていうし……じゃあ、5個の方にするって!」
「えー、5個? 足りるぅ?」
「お前なぁ……!」
「にひひ! 飲み物買っておこっと! 好きな方選んでいいからねぇ〜♩」
樹はとても楽しそうにそう言って、奥の冷蔵庫のところへ向かってゆくのだった。
たぶん、ずっとこんな感じなんだろうな、俺たちって……と、胸を熱くしつつ、結局10個入りのゴムと、飲み物を買い込んで、再び手を繋いでコンビニを出る。
「あっ……」
コンビニを出た途端、視界に風に揺蕩う稲穂のような金髪が映り込んでくる。
途端、俺の胸は強い痛みに見舞われた。
「花音……? どうしてここに……!?」